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◆ 注視すべきヘッジファンドの変貌

◆ 凄まじいギャップ

「ヘッジファンドの妖怪」といった金融素人の書いた本がいまだに売れる日本。金融に興味を持つ経済学者でさえヘッジファンドに正面から向き合わない。筆者が委員を務めるある金融研究会で、ヘッジファンドを話題に出した瞬間に顔を歪める先生方が続出した。いや、プロの中でも「ヘッジファンド」と聞いただけで顔を背ける資産運用会社もある。金融当局のリスク管理は、いまだにバーゼル信仰から抜け出せない。そもそも、日本に有名なヘッジファンドなど殆ど存在しない。

その一方で、日本でヘッジファンド販売は急増している。その裾野は大手銀行・生損保に始まって地銀・年金・事業法人、そして遂には個人にまで及ぶ。ネット証券がヘッジファンドのセミナーを開催すると、予約は即日「満員御礼」となる。さらにはヘッジファンドを専門に扱う証券会社も日本に何社か設立されている。日銀も先般ヘッジファンド・レポートを作成して注目された。

ある米国の著名なヘッジファンド・コンサルタントが来日して、日本の顧客を訪問した後、弊社に立ち寄ってくれた時の話である。

「Hey Mr. Kuratsu, do you believe two person could manage billion dollars Hedge Fund Portfolio ?」

これは大手都銀でも大手生保でもなく、ある地銀の話である。こうしたケースはもはや例外ではない。投資銀行に薦められ、系列の大手都銀から紹介され、預貸率の低下を横目に、J-REITとHedge Fundの積上げに忙しい地銀の資産運用の姿が眼に浮かぶ。それもかつてのように多数の市場担当者がひしめく部隊ではない。ロイター端末が1台だけぽつんと置いてある、ほんの数名の担当者の机上で、何千億円もの「ヘッジファンド」が積上げられていく。

このように、一方ではヘッジファンドに対する情報や認識が(例によって)世界から大きく乖離しつつある日本社会の姿があり、もう一方ではヘッジファンドが世界最大の潜在的市場として狙いを定め猛烈な勢いで販売攻勢に出る市場としての日本社会がある。この激しいギャップは、日本の金融にどういう意味をもたらすのだろうか。

◆ 1990年代のヘッジファンド

筆者が最初にヘッジファンドという名前に出会ったのは、英国滞在中の1992年頃であった。そして間もなく円のキャップ・スワップションのボラティリティ裁定を通じたデリバティブズ取引で相手の顔が見え始めた。当時、邦銀においてヘッジファンドと取引することは信用チェックで本部から跳ねられることも多かった。預金担保を要求せよとの本部指令が、予想通りヘッジファンドに嘲笑されたのは懐かしい思い出でもある。

筆者が一時在籍したバンカーストラストなど投資銀行のディーリング・ルームからは続々と「卒業組」がヘッジファンド設立に向かい、昨日まで机を並べていたディーラーやリスク管理のスタッフが、今日からはお得意様に変身する、といった話も日常茶飯事となった。その中で、着実に稼ぐ実力派のヘッジファンドは着々と運用規模を拡大し、金融市場におけるヘッジファンドの存在感を増していった。

一方で、ヘッジファンドを立ち上げたものの、喧嘩別れや業績悪化で数ヶ月もしないうちに空中分解するものも多かった。ディーリングルームから巣立ったところまでは格好よかったが、派手な売買を繰り返して大勝負に出て年率30-40%といったパフォーマンスを上げた後、一転巨額の損失を計上するといった変動の激しさを見せるファンドは決して少数ではなかったのである。

こうした二面性を持ったヘッジファンド業界のバブル状況を一変させたのが、1998年のLTCM危機であろう。この事件以降、ヘッジファンドも、ヘッジファンドと付き合う投資銀行も、レバレッジやシャープレシオに関する考え方を大きく変えていった。このあたりは、拙書「相場を科学する」(復刻版:日本経済新聞社)に補遺として掲載したので、そちらをご参照願いたい。

現在では、極端なレバレッジを掛けるファンドは少なくなった。またリターンの変動を抑える工夫をしているマネージャーが多く、年率10%程度を目標としているファンドが大多数である。実際に、ヘッジファンド・インデックスのトラッキングを見ると月平均のパフォーマンスは1%前後となっている(戦略によって数字にバラツキがあることは周知の通りである)。

勿論本年初に見られたように、GMショックで幾つかのクレジット専門のヘッジファンドに損失が発生して解約が殺到したり、ドル安を見込んだマクロファンドがドル反転で閉鎖されたり、といった事故も絶えない。昨今、夜逃げ同然の敵前逃亡をするファンドマネージャーの例が米メディアの格好の餌になっている。例えば、4億ドル程度の運用規模ではあるが、米国Bayou Groupの破綻は社会問題になり、ヘッジファンドの拠点が多いコネチカット州の司法当局は、遂に金融集団を専門に取り締まるタスクフォースまで設置した。

現在、ヘッジファンドは現在8,000以上あると言われているが、Hedge Fund Researchの統計に拠れば、2000年以降解散したファンドは1,250にのぼり、2005年上半期だけでも320のファンドが消滅している。上記のようなケースも増えているのだろう。だがその一方で、新規設立も決して減ってはいない。ヘッジファンドが、しぶとく時代を生き抜いていることにもっと注意を払うべきだろう。

◆ 金融市場の一市民として

米国では既に、ヘッジファンドがプライベートエクイティ・ファンドとともに金融市場の重要な構成単位であると見做されている。前者は「銀行・証券・保険・投信」といった伝統的金融世界に新規参入してきた新しいLiquidity Providerであり、後者は新しいCapital Providerであるとの認識も強い。ファンドは銀行と共に、既に金融界の「顔」となっている。

またヘッジファンドとプライベートエクイティ・ファンドとの垣根が低くなり、その差異が曖昧化してきたために、ヘッジファンドも一種のCapital Providerであるとの認識が強まっている。そしてクレジット裁定型ファンドは転換社債やCDS、CLOなどへの参入も積極化しており、Credit Providerとしての役割も大きくなっている(BMA第103号「信用リスクの重層的管理方法」参照)。

ファンドと企業との関係は、どちらかと言えば株式を通じたものが多い。ドイツ取引所の買収計画を阻止したのは、株主としての英系ヘッジファンドTCIであった。また再建中のUSエアウェイズとアメリカウェストとの経営統合の裏側には、米系ヘッジファンドのPARキャピタルによる増資引き受けという原動力があった。因みに、本年3月には113億ドルにのぼる7社ファンド連合によるサンガード買収という大型案件もあった。

多くの相似点が挙げられる日本とドイツだが、ヘッジファンドの資本社会への浸透と言う意味では、本年のドイツ経済界の変貌は特筆に価しよう。Lehmanは、既にドイツにおけるBlue Chip企業の株式のうち25%はヘッジファンドに保有されたと述べており、またGoldmanもDX 30採用銘柄の株式の15-20%はヘッジファンドで占められていると分析している。

一方で、ヘッジファンドがCredit Providerとして或いは債権者として存在感を示す例も増えている。6月には米国のSaks Fifth Avenueが転換社債の25%を保有するヘッジファンドのHighBridge Capitalからdefault宣言を受けたのはその一例であろう。逆に、C&Wによって買収提案を掛けられたEnergisの大口債権者であるヘッジファンドの集団が、C&Wに買収額引き上げを執拗に要求する、といったケースもあった(これは結局ファンド側の敗戦に終わったようだ)。

Debtを対象とするヘッジファンドは、そもそも転換社債とCDSとの裁定取引という歪みの生じやすい「市場取引」でその接点を深めてきたが、昨今ではむしろ企業経営を意識したクレジット取引にまで踏み込んできたように思える。それは、不良債権購入で攻めるディストレス・ファンド、プライベート・エクイティと競合する再建ファンド、従来型のクレジット裁定ファンドなどが次第に融合してきた結果と言えるかもしれない。

こうしてヘッジファンドは、1990年代の「投機筋」としての色彩を薄め、「資本市場のカタリスト(触媒)」としての性格を強めつつある。勿論、ヘッジファンドには株式のロング・ショートあり、イベントドリブンあり、エマージングあり、空売り専門ありで一概に形容はできない。短期的に投機を仕掛けるファンドも全く無い訳ではない。だが少なくとも、似非評論家や視野の狭い学者がしたり顔で語るような意味でのヘッジファンドは、もはや少数に過ぎない。

ヘッジファンドの役割に対する事実認識が乏しいまま伝統的な枠組みで金融を眺め続けることは危険である。日本にも官製ファンドの産業再生機構の他、「買収ファンド」「事業再生ファンド」といった名の下にプライベートエクイティ・ファンドが数多く設立されている。こうしたファンドの中に沈められたクレジットやエクイティの情報が非公開であるのは当然であるとしても、ファンド自体の実態も掴めぬまま放置されるのは得策ではない。いずれこうした新しい企業金融の担い手を鳥瞰する公的組織が必要となるだろう。

最近の英米当局における問題意識の変化も顕著であるが、それはまず「実態を知ること」にあるのであって規制を目的としたものではない。日本も、「ファンド」に対しての認識を改め、早急に企業金融への新規参入者としての、そして新たな金融の担い手としてのファンドの実態把握を開始すべきであろう。

◆ ヘッジファンドの変貌

さて株式のLong-Short戦略に代表されるヘッジファンドも、その運用スタイルを徐々に変化させている。時代が変われば運用も変わる。石油高騰を受けて、運用の主体を有価証券や為替からエネルギー分野へシフトしたり、米国住宅バブルで沸く不動産部門へ集中したり、といった構造変化もあるようだ。また株式が本格上昇する気配が強くなれば、ロングバイアスを掛けた、或いはロング専門の運用にシフトすることもあるだろう。

前述の英系ヘッジファンドのTCIは、Fidelityから人材を引き抜いてロングオンリーのファンドを設立すると伝えられている。こうなると、ヘッジファンドとミューチュアル・ファンドは殆ど区別がつかなくなる。

以上は株式に関する話だが、クレジットも同じ方向性を歩むのではないか。本年の話題はGMショックによって引き起こされたCDOのトランシェ・アービトラージによるヘッジファンドの苦戦であったが、今後はむしろ個別クレジットのLong-Shortなど個別色の強い取引やIndexを使った運用が増加する可能性もある。CDS市場の流動性向上は、こうした取引の受け皿を拡大することになるだろう。

そうした流れが出てくれば、株のロングオンリー・ファンドが生まれてくるのと同様にクレジットのロングオンリーのファンドも増加するだろう。それは、銀行や社債ファンドなどと何ら変わりない存在となる。取引関係にとらわれずドライな立場でリターンを追及するCredit Providerの登場は、企業にとっても金融当局にとっても、共に厄介な存在になるかもしれないが、所詮オープン・マーケットとはそういうものだ。

日本では敵対買収を嫌がって株式を非公開化する企業も出現し始めているが、負債は譲渡不能であってもCDS取引で簡単に移転しうるため、公開非公開にかかわらず、ファンドはいつでも実質的な大口債権者になりえる立場にある。非公開企業であっても安心だという訳ではない。管理の枠組みが硬直化すれば、当局者の視野に届く市場も限定されるだろう。結局、真の市場社会には、経営者や当局者が安眠できる場所などないのである。市場の枠組みが、刻一刻変化していることを忘れてはならない。

2005年09月09日(第106号)