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◆ 邦銀分割はあるか

さてBMAも本年最後の発行となった。2005年の金融力の現代史、2006年の金融力の思想系、そして今年の現代金融批評と、3年間の「戯言綴り」をお読み頂いた読者の皆様に感謝するとともに、本年の締めくくりとして日本の銀行問題について再考し、来年への思考の土台作りとしておきたい。

◆ ABN AMROの衝撃

2007年の金融大事件と言えば、まず100人中99人以上が(1人くらい臍曲がりがいるとして)サブプライム問題を挙げることだろう。筆者もその例外ではない。サブプライム問題は歴史に残る金融事件であり、1987年のブラックマンデー、1997年のアジア危機、そして2007年のサブプライムと、10年おきに発生した大混乱として金融史に語り継がれる筈である。

だが、大事件の陰に隠れた「見逃せない出来事」にも相応の注意を支払うべきである。今年の例で言えば、オランダ最大の銀行であるABN AMROが分割買収された、というニュースがそれに当たる。日本では今ひとつニュース・バリューの乏しい銀行M&Aであったが、この大銀行の終焉は、邦銀の将来を占う上で極めて貴重なケース・スタディになりうるものである。

1824年という古い歴史を持つABNが、1991年にAMROと合併してできたのがABN AMROであった。AMROもアムステルダム銀行とロッテルダム銀行が1964年に合併して出来た銀行である。それだけでも、何となく日本の銀行再編を髣髴させるものである。オランダの金融と言えば、17世紀のアジア交易を独り占めしたことで有名だが、ABN AMROが東南アジアに多くの拠点を有しているのもその名残であると言われる。因みに、ロッテルダム銀行はオランダ全盛時代を築いた東インド会社の事実上の後継会社なのであった。

そのABN AMROが本年、Royal Bank of ScotlandとFortis、Santanderの三社連合によって買収され、分割された。総額700億ユーロの超大型買収であり、日本円換算では11兆円を超える。これは、三菱UFJの時価総額11兆円にほぼ匹敵し、みずほの7兆円や三井住友の6兆円を軽く上回る金額である。

時価総額だけの軽い推測だけで「邦銀も簡単に買収される時代になった」といったことにはならない。銀行の大型買収には、とてつもなく大きな戦略が必要だからだ。以前から筆者は欧米資本にとって邦銀を買収するインセンティブは薄い、と主張してきた。欧米の銀行にとっては中国などにいくらでも投資対象があるからだ。瑕疵担保条件付で長銀を買ったLippleWoodのケースはあまり参考にならないだろう。

だが今回のABN AMROの顛末を見て、この方式で今後邦銀が買収される可能性は低くないと思うようになった。相場観の転換である。為替や株価の相場見通しは難しいが、こうした長期見通しはそれほど外れることが無い。

◆ 分割買収提案の始まり

ABN AMROの終焉は、株主であるヘッジファンドの一声から始まった。仕掛けたのは、英系TCI(The Children’s Investment Fund)である。TCIと言えば、2005年ドイツ取引所による英ロンドン証券取引所買収に株主として猛反対し、戦略を撤回させた上でCEOを更迭にまで追い込んだアクティビストとして有名だ。最近では日本でも電源開発に揺さぶりを掛けている。そのTCIが年初に狙いを付けたのがオランダ最大の銀行であるABN AMROであった。TCIは、ドイツ取引所のケースと同様に今回も米系ヘッジファンドのAtticus Capitalと共同行動を取った。 

TCIはABN AMROの1%程度の株主に過ぎない存在であったが、今年2月にそのCEOを務めるChristopher Hohn氏が、ABN AMROの経営陣に一通の書状を送付した。同氏はその中で、同行経営は全く機能しておらず銀行を売却するか分割するかの判断を行うべきだと批判し、経営の退陣を求めたのであった。

これが公に報道され、ABN AMROは騒然となる。1年前は、イタリアのアントンベネカを買収、その過程でイタリア国内勢力に肩入れしたイタリア中銀総裁が更迭されるという珍事件まで起きた再編劇の主導権を握っていたABN AMROは、今度は一転して買収の対象となった。そこで真っ先に挙手したのがBarclaysである。Barclaysは数年前にも同行との統合交渉を行った経緯もあり、友好的買収を通じてABN AMROを傘下に入れようとしたのである。

ここでも英蘭の軋轢が生じた。オランダ政府と中銀は、同国最大の銀行が他国資本に買収されることに強い抵抗を示す。Barclaysはこれに配慮して本拠地をオランダに移すと提案する。これには英国FSAや中銀が不快感を示す、といった自由主義の袖の下に隠されたナショナリズムがチラリと顔を出していた。

だがBarclaysを驚かせたのは、国内ライバルでもあるRoyal Bank of Scotlandが、ベルギーとオランダを拠点とするFortius、スペインのSantanderの二社を巻き込んだ三社連合による買収を仕掛けてきたことである。Barclaysは10兆円近い巨額買収であることから、他の銀行との競争になるとは考えていなかっただろう。だが結果として、Sub-Prime問題でも大きな損失を抱えることになったBarclaysが体力面からの判断で買収提案を取り下げ、RBS連合が分割を前提とした買収に成功する。

報道に拠れば、RBSは投資銀行部門を、Fortisはオランダ国内部門を、Santanderはブラジルとイタリア部門をそれぞれ手に入れる。ABN AMROの従業員のうち、約20,000人が削減の対象になると報じられており、銀行そのものはオランダ国内でFortisの下で存続することになるが、海外拠点やグローバルな資本市場部門は消えることになる。183年の歴史を誇りつつも収益性への執念に欠けた同行は、ヘッジファンドの一言をきっかけに、あっけなくその幕を閉じることになったのである。

◆ さて、邦銀は

日本の銀行は、不良債権時代という長いトンネルを漸く抜け出した。ここまで長期化するとは誰も思ってみなかっただろうが、過去は過去として訣別すべきである。トンネルを出れば、明るい日差しが見える。だが、今の邦銀は、トンネル時代の暗闇に目が慣れてしまったせいか、トンネルを抜けてもまだトンネル内に止まっているような運転振りである。

次世代収益モデルに位置付けた消費者金融が大失敗に終わったことも影響しているだろう。これにはポピュリスト行政という大きな逆風が生じたという要素もあり、銀行経営だけを責められる問題ではないが、事業戦略としての失敗は失敗として認めざるを得ない。中小企業金融も掛け声倒れに終わり、住宅ローンと投信・保険販売という、大銀行の看板がなくても出来るような商売で手数料を稼ぐしかないのが現状だ。資産運用ビジネスの拡大にも限界があり、プライベート・バンキングも中途半端なままである。

それでも規模の利益で業務純益は出る。幸いなことに、欧米銀行と違ってサブプライム問題での傷は(相対的のだが)浅く、後ろ向きの業務にエネルギーを吸い取られる可能性は低い。余力はあるのに戦略がない。あれこれ議論しているうちに、ABN AMROのように分割買収提案を受ける可能性はゼロではないだろう。

外資系資本にとって、邦銀を丸ごと買収する旨味はない。だが戦略的に分割して、企業金融部門、リテール部門、海外部門、資産運用部門でみれば個別採算でソロバンに合う事業もありそうだ。外資系に分類される新生銀行が、リテール戦略を取ったのは一例である。Citigroupは日興買収で企業金融を取った。そのCitigorupは今や日本戦略どころの騒ぎではないが、収益性を睨むファンドなどが、企業金融部門の海外金融との統合や、アジア部門の中国の銀行との合併、資産運用はスイスの金融機関に、といった分割案を考えて買収に出てもおかしくない。戦略さえ整えれば邦銀株は相対的に安い、というのが海外の見方でもあろう。

トンネル内の邦銀を買収する資本はない。だがトンネルを抜けた瞬間に、すべては買収のターゲットとなっている。まだトンネル内にいるつもりで安穏と運転を続ける経営者に、ライセンスを保有し続ける資格はないだろう。来年は、日本の金融が不良債権時代とは違った形で世界の表舞台に再登場する可能性は否定できまい。

2007年12月14日(第161号)