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◆ 金利と配当の再考

◆ 貸出金利事後設定の提言

先日経済物理学の高安秀樹博士から、企業融資の金利に関する物理的アプローチの研究成果を発表するので聞きに来て欲しいとのメールが来たので、研究会が開催されている東工大に出かけて話を聞いてきた。最近の経済物理学は主に為替市場の価格変動に関する研究が主体であったが、融資つまりクレジット市場の分析に踏み込んだのは、京大の青山秀明教授に次いでのことである。

但し、青山教授らのグループの研究が、企業間信用行為のネットワーク分析であったのに対し、高安氏の今回の発表は、企業への貸出金利水準というクレジットのプライシングを直接分析するものであった。端的に言えば、貸出金利は「信用力に基づいて決める」のではなく「事後的に決める」というコペルニクス的転回の結論である。実際の金融社会を見慣れた者にとってはやや非現実的な提言だと言わざるを得ないが、金利や配当、そしてその相対として株価の位置付けを再確認するには良い機会となった。

高安氏のプレゼンを整理すれば、まず企業成長(便宜的に売上高で見る)を成長率と企業数というXY座標でプロットしてみると、それがベキ分布していることが解る、その傾向は一国だけでなく世界の主要国でも当てはまる、成長する企業と失速する企業はほぼ同数である、その法則性を銀行が上手く使うことによって信用力の低い企業も低金利での借入れが可能になる、といったものである。

信用収縮で資金パイプが細った企業に取ってみれば、有難いシナリオであろう。研究会に出席していた大学ベンチャー起業家らはこのプレゼンにこぞって拍手を送ったが、金融に何らかの接点を持つ参加者からは、かなり冷やかなコメントが寄せられた。銀行出身の筆者もまた、基本的な認識ギャップを指摘せざるを得なかった。

高安氏は、貸出金利を現在の長プラ金利よりも若干高い水準に一律設定すれば、景気循環に関係なく銀行は現在の利益水準を維持できる、と試算している。だが、破綻企業の回収率をどう見るかによってその計算も大きく変わってくる。景気サイクルは本当に中立的な要因なのか、といった素朴な疑問もあるし、売上を企業成長(利益)のプロクシィとして採用することの妥当性についても議論はあるだろう。

高安モデルの金利設定法は、儲かった企業はそれだけ利息を多く払ってもらう、という後付け方式である。破綻企業は勿論支払うことは出来ないが、成長が遅い(例えば減益)企業は、金利支払が少ない。その代わり、高収益企業はその成長率に比例した利息を支払う。いわば、利益還元型の利息支払方法である。

◆ 資本家はどう評価するか

直感的にわかるとおり、これは配当モデルに他ならない。赤字企業は配当しないが、黒字企業は、配当性向にも拠るが、儲かった分だけ株主に配当還元する。高安モデルは、これを負債にまで拡大したものである。つまり、負債の金利も株式配当と同様に、事後的に収穫水準を決めなさい、という考え方である。実務的には、利益水準によって利息を定めるようなテーブルを作っておくことにあるだろう。

だが負債と株式は似て非なるものである。企業にとって他人資本である負債は「必ず返済すべきもの」であり、自己資本である株式は「損失のバッファー」である。反対から見れば、債権者は金を返せという権利があるが、出資者は最悪の事態に備えて心の準備をしている。報酬モデルは当然異なる筈である。

ここで高安モデルのように負債の「報酬構造」にアップサイドが加わった場合、そのペイオフは、従来の「プットオプション売却」から、「プット売り・コール買い」に変化する。但し株式のような値上がりは無い為、右肩上がりの角度は小さい。プット売りによる金利受取も従来モデルよりも低くなる。

資本家にとってこのモデルはそのように評価されるだろうか。まず既存株主にとっては、儲かるほど配当原資が減るのは悪材料である。資産100億円でROAは10%程度、レバレッジ比率が4倍程度の企業を想定してみよう。負債額は80億円ある。利益は10億円で配当性向が20%とすると配当額は2億円である。そこで高安モデルによって事後的な有利子負債の支払が3%程度増えたとすれば、利益は10億円マイナス2.4億円で7.6億円、配当額は1.52億円に減少する。これは配当性向が約5%低下したに等しい。配当性向を上げて調整するしか、株主の不満を抑える方法はなさそうだ。

では債権者にとってはどう評価されるだろう。かなり頭の構造を切り替える必要があるが、この方式が受け入れ可能かどうかの個別判断はケースバイケースであろう。信用力の高い企業がより高金利で借りてくれるならば嬉しい悲鳴が上がるだろうが、信用力の低い企業に対し将来性を期待して貸すのは勇気の要る話である。結局、貸出全体像において判断されなければならない。それには、相当な量の保守的シミュレーションが必要である。

ベンチャー企業対象のパイロット・ファンドなどにおける融資実験ならともかく、このスキーム導入を本格的に検討する債権者は少ないだろう。基本的に高安モデルは、借りたくても低金利で借りられない企業の救済案でもあるが、その分野は既に公的金融がサポートしている。実験するならまず公的保証において行い、データを蓄積すべきだろう。

研究会でそんなコメントをしたら、信用保証協会で大昔に似たような実験をしたことがあるらしい、という返事を高安氏から頂いた。結果的にはモラルハザードのオンパレードで失敗したようだ。従って、企業のスクリーニングを適切に施さないと、このモデルは新銀行東京の二の舞を演じないとも限らない。

◆ 企業のインセンティブは

その意味では、高安モデルを企業経営がどう評価するかも考えておく必要がある。低コストを狙った確信犯的な「借り逃げ」を防ぐ手法は必要だが、そうでない通常の企業の財務担当者はこの方法をどう受け止めるだろうか。

まず株主と同様に、可処分利益が減少することで役員賞与は減る。赤字になれば利息支払が減るので助かるが、黒字になればなるほど利払いが増えるというのは抵抗もあるだろう。財務を強化し、格付けが上がれば財務コストが下がるのが現在の仕組みであるが、高安モデルではその逆である。財務改善という経営インセンティブが無くなる可能性もある。借金を増やそうというバランスシート拡大路線を生む危険性もある。

高安モデルが定着すれば、格付け会社は仕事がなくなってしまうだろう。銀行の審査部は統計解析の専門家集団に取って代わられる。倒産確率と予想回収率で信用リスク・プレミアムが計算される、といった金融理論も抹消される。社債のプレミアムやCDS価格は信用力改善で上昇するというコペルニクス的転回が起きる。

やはり、こうしたモデルは非現実的だと思わざるを得ないが、どうだろうか。

2008年08月22日(第177号)
 
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