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◆ 米銀救済に必要な資本投入額は

◆ 米政府の戦略転換

米政府は、昨年来の金融システム混乱に対し、3月のベア・スターンズの実質救済以降、個別問題処理という対応方法で臨んできた。だが9月に入り、GSE救済、リーマン破綻、メリルの身売り、AIG救済といった衝撃的なプロセスにおいてその手法は破綻、結局「公的資金による不良債権の買取り」という包括処理へと戦略転換を余儀なくされることになった。

米国金融における損失額は5,000億ドルないし1兆ドルといった見方が強いが、財務省とFRBは公的資金の投入額を住宅ローン12兆ドル超の約5%分として7,000億ドルに定め、議会に諮っている(本稿執筆段階で、下院はこれを否決した)。取り敢えず米国が公的資金投入という腹を固めたことは評価されようが、今後の議会での議論や住宅市況の動向次第ではその金額では不足する可能性もある。

その公的資金額を少し整理しておこう。FRBはベア・スターンズ救済に290億ドル、AIG救済に関しては850億ドルのコミットメントを行っているが、これらは実際には財務省の負担となる。また優先株購入という形式でのGSE救済において、議会予算局は約250億ドルの損失を見込んでいる。これらを合計した1,400億ドル程度も事実上の公的資金として勘定に入ると見て良いだろう。これに7,000億ドルを加えると実質8,400億ドルであり、またシティグループによるワコビア救済も財政投入の可能性があるので、金額はさらに膨らんでいくだろう。

一方で、ベア・スターンズ消滅、リーマン・ブラザーズ破綻、メリル・リンチ身売りといった一連の投資銀行危機に関し、FRBは残ったゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの2社に対して銀行持ち株会社への移行を認可して、その資金調達力の乏しさを補強することになった。これにより、ブティック型の投資銀行を除けば、単独経営の大手投資銀行というビジネス・モデルは消滅することになった。

商業銀行がリテール業務を通じて預金という強力な資金調達パワーを持つのに対して、投資銀行はレポ取引などの市場調達に依存しているため、今日のように強烈な信用収縮の環境においては手元資金の調達が困難となる。高度な金融技術力を有する投資銀行といえども、そのプライドを捨てざるを得なくなったのである。

だが、投資銀行を銀行の枠組みに押さえ込むということは短期的解決策としては有効だが、長期的には歪みが生じてこよう。「公的資金」と「投資銀行救済」という二本立ての政策は揃ったが、先行きは明るいどころかまだ暗い影が潜んでいる。

◆ 本質的な問題は資本不足

すでに日本でも幅広く議論されているように、この公的資金投入が不良債権買取りにのみ利用されるのであれば、7,000億ドルという巨額の効果も限定的と考えざるを得ない。日本の不良債権問題処理においても、整理回収機構という公的機関が銀行から不良債権を買い入れるという仕組みを作ったが、実際に金融システムを再建するには銀行に大量の資本注入をせざるを得なかった。これは現在の米国でも同じことである。

日本と米国で異なるのは、前者が商業銀行の問題であったのに対し、後者はシャドー・バンキング(影の銀行部門)と呼ばれる規制対象外の金融問題であったことだ。大雑把に言えば、米商業銀行の資産は総計約13兆ドルであり、シャドー部門では約10兆ドルと推定されている。そこに含まれるのはSIVと呼ばれる簿外でのCDO投資や投資銀行やヘッジファンド、PEファンドなどの保有する資産である。

このシャドー部門においてどの程度評価損失があるのかがこれまでの焦点であり、SIVを保有していた金融機関やCDOや不動産を抱えていた投資銀行はその処理を進めると同時に増資を行い、何とか穴埋めをしてきた。だが誰もがもはやそうした民間努力には限界があることを察知し、疑心暗鬼が市場を覆って一気にパニックが広がったのである。公的資金投入は時間の問題であった。

ただ、不良債権はシャドー・バンキングだけに存在するものではない。規制対象ではありながら、商業銀行にも当然不良債権は存在する。それはシャドー部門で注目されたCDOなどではなく、不動産に絡んだ融資や通常の企業融資である。つまり、景気後退期に現れる「通常の不良債権」であるが、今回の経済低迷は単なる景気循環ではなく大不況クラスでありかつ長期化するとの見通しが強い。

その厳しい環境の中で、不良債権を金融システムから除去すれば銀行機能が復活する、と考えるのはやや早計であろう。日銀がどんなに大量の流動性を供給しても銀行貸出が増えなかったことは記憶に新しい。信用創造とは動的プロセスであって、それには十分な資本と魅力ある貸出先が必要である。これをいまの米国に期待することは難しい。

むしろ米国に必要なのは、公的資金で健全な銀行に対して資本を投入し、レバレッジを通じて積み上げられた「不良債権」ならぬ「不要資産」をシステムから取り除き、数年後の経済再生への布石を打つ、という戦略だろう。

また、米政府が提案している入札方式での最安値購入方法は、投入された税金を傷つけないという意味では支持されようが、不良債権買取りというスキームにおいてはあまり効果がない。体力ある銀行は安値売却に応じられるが、経営の厳しい銀行が安値で売らないことは、日本の不良債権処理の際に見たとおりである。十分な資本がない限り、こうした方法での不良債権処理は進まない。だからこそ、まず資本投入が必要なのである。

◆ 商業銀行の危機

8月下旬に連邦預金保険公社(FDIC)が公表した本年6月末の全米商業銀行の四半期レポートに拠れば、全米銀行の収益性と資産内容は大幅に悪化している。利払い延滞案件は3月末から約20%増加し、全体資産に占める割合は2.05%と15年ぶりの水準に上昇している。いわゆる問題銀行の数も117行と昨年同期比でほぼ倍増となり、その資産額は780億ドルに達している。

9月下旬には、ワシントン・ミューチュアルやワコビアという大手の経営危機が表面化し、それぞれJPモルガンとシティグループに救済された。本稿執筆時点で本年の米銀倒産は14件であるが、この数は今後急速に増えるだろう。市場ではS&Lの大量倒産時代の再現といった憶測も出始めており、FDICも警戒感を強めている。現在、預金保険の基金は452億ドルあるが全米預金量は7兆ドルでありカバー率は1%にも満たない。FDICは預金保険料を引き上げる予定だが、それがさらに問題銀行の経営を圧迫する可能性もあろう。やはり最優先されるべきは資本投入である。

追加的な銀行資本がどの程度必要かを試算することは容易でない。ここでは思い切って単純化して考えてみよう。別表の通り、全米銀行資産の13兆3,000億ドルのうち不動産担保融資は4.8兆ドルと比重が高い。今後の住宅価格下落、商業不動産価格下落、企業倒産増加を考慮に入れて全体の5%程度が不良債権化すると見ればその総額は6,650億ドルであり、予想回収率を40%と仮定すれば時価は2,660億ドルとなる。これを政府が買い上げれば公的資金は2,660億ドル投入され、銀行に3,990億ドルの損失が出るのでこの分だけ資本減少となる。

現在、全米銀行の資本総額は1兆3,510億ドル(即ち平均的自己資本比率は約10%)なので、不良債権処理の結果、資本額は9,520億ドルとなる。資産額は12兆6,350億ドルなのでこれに見合う10%の資本を維持しようとすれば3,110億ドルの増資が必要になる。

つまり、このシナリオでは政府の不良債権買取りで2,660億ドル、資本投入で3,110億ドル、合計5,770億ドルが必要となる。現在検討中の7,000億ドルの大半がシャドー・バンキングでの追加処理を想定しているのであれば、商業銀行救済の目的で別途財政出動を検討せざるを得ないかもしれない。

◆ 米国金融の整理

米国金融を一つのバランスシートに纏めてみよう。資産サイドは、商業銀行部門で約13兆ドル、シャドー部門で約10兆ドルの合計23兆ドルである。これは米国GDPの約150%相当であり、明らかに過剰資産である。これが「デレバレッジ」の必要性を主張する一つの視点となる(因みに日本の場合は120%程度であった)。

そして資本は商業銀行で約1.3兆ドル、シャドー部分は不明だがそのレバレッジ比率を30倍と仮定すれば約0.3兆ドルで合計1.6兆ドルである。

米国はこれから公的資金を使ってこのバランスシート調整を行う訳だが、財務省はサブプライム関連の損失最大1兆ドルと見て、既に民間努力で4,000億ドルを償却していることを考慮して7,000億ドルという数字を出したのかもしれない。だが、今後検討しなければならないのは、サブプライム以降の大不況による銀行の不良債権であり、それは新たに1兆ドル近い損失を招く可能性がある。

こうした推論はやや拙速の感もあるが、日本の経験を教訓とする、という意味では必要な作業だろう。米国の公的資金投入額は、予想をはるかに上回る可能性があり、それは財政赤字、つまり海外からの借金によって賄うしかない。既に市場で囁かれ始めているように,ドルの暴落や米国債のリスク・プレミアム急拡大というシナリオはまさに現実味を帯びてきたと言ってよい。

<お断り:本原稿からエッセンスを抜粋したものを「週刊ダイヤモンド特別号」に寄稿しております。内容が一部重複していることを予めご了解下さいますようお願い申し上げます。>

2008年10月03日(第180号)