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◆ 各国金融救済は成功するか

<ポールソン財務長官の評価>

2006年5月、ジョン・スノー前財務長官が更迭されて、ヘンリー・ポールソンがその後釜に据えられることになった。前任者の財務長官としての適性が疑われる中、破竹の勢いを続けるゴールドマンの会長兼CEOの就任に、文句を付ける議員はいなかった。同じゴールドマン出身のロバート・ルービンへの好印象も色濃く残っていた時代である。

だがなぜウォール街の最高位を辞してまで在位期間が2年余しかない財務長官の仕事を引き受けることになったのか。そればかりは本人に聞かねばならないが、今はそんな心境を吐露している余裕も無いだろう。サブプライム問題から世界的金融危機へ、この1年余りの間に世界はすっかり変質してしまった。財務長官就任時には、まさか2年後に自分がそんな渦中に巻き込まれるとは想像もしていなかった筈である。

2006年はまだ金融市場がゴルディロックスの余韻に浸っていた頃だ。超悲観論者で一躍有名になったニューヨーク大学のノリエル・ルービニ教授は、ブログの中で既に米国のリセッションを「予言」していたが、そんな悪夢のシナリオがポールソン新財務長官の視野に入ることはなかった。

同長官は、指名のための公聴会において双子の赤字問題や貯蓄率を改善すべき課題に挙げてはいたが、もっと積極的な仕事で名を残すことが本音であったに違いない。その一つは、ゴールドマン時代に培った中国との深いパイプである。実際に、米中戦略的経済対話を開始したのは、ポールソン財務長官の功績である。だが、それが具体的に何かを生んだかと言われれば大きな疑問は残る。

財政赤字拡大は頭痛の種ではあったが、当時はそれほど深刻には考えていなかっただろう。だが、メディケア、メディケイド、年金、そしてイラク戦費と歳出増ばかりで、いまやブッシュ政権が打ち出した2012年度の財政均衡目標など信じる根拠など影も形も無い有様である。そればかりか、今回の金融危機対によって、その財政赤字額は飛躍的に増大し、経常赤字への懸念も拡大し始めている。財務長官ならずとも、赤字額予想は考えたくも無い嫌な作業であろう。

ポールソン財務長官は、2年余の在位期間で今後の米国の最大案件となる対中経済戦略に目処を付けて、ゴールドマンでの栄光と財務長官としての実績を両手に引退する腹積もりだったに違いない。だが、市場と同じで現実も予想を超えた展開を見せる。ゴールドマンは今やFRBの軍門に下って資金を要請する平凡な金融機関となり、財務省は危機対応が常に後手に回って収束のタイミングを失い、世界の市場を乱気流に巻き込む失態を演じた。

長官自身も、ファニーメイ・フレディーマックへの対応法を間違えた。それがリーマン、AIG、メリルなどの問題へと連鎖していく。市場機能を過信した、或いは市場の本質を知らなかった財務長官の敗北である。後世の歴史家は、恐らくゴールドマン出身最後の財務長官として、その政策判断の誤りを厳しく批判することになるだろう。

<欧州の混乱>

欧州もまた混乱の極みにあるが、その中で「結果オーライ」ではあるが比較的冷静で合理的な対応を見せたのが英国であった。その対応が理想的とはとてもいえないが、2月にノーザン・ロックを国有化せざるを得なくなった時点で、英国には小細工を弄する選択はなくなっていたと言えるだろう。先般、B&Bを国有化した際に、大手銀行もまたその対象になりうることは財務省の計算の中にあった筈だ。それが、他国に先行して最大500億ポンドの公的資金による資本投入を決定した背景にある。

一方で、ドイツとフランスはそれぞれちぐはぐな対応に追われた。欧州最大の経済大国ドイツも、決して金融大国ではなかったことが証明された。アイルランドの全額預金保護を非難しながら、首脳4か国会議終了後、いきなり自国も預金全額保護の表明を行ったことにその行政的パニックが読み取れよう。ドイツは同国4位のヒポ・リアル・エステート(HRE)の救済策が一度白紙還元されたことで、国内に金融不安が広がることを恐れたのである。同行における流動性の必要額が、事前の調査を大幅に上回ることが判明したからだ。結構お粗末な話である。

議長国フランスも、EUが銀行救済のための共同基金を設立する案に対し事前に英独伊から反対の声が上がったことで、具体的な議案を纏めることが出来なくなった。市場は、欧州が一体となって金融危機に対応する力がないと見切ってしまった。独仏には、金融危機に対する国家的ノウハウが蓄積されていなかったのだ。

別に英国だけの肩を持つわけではないが、公的資金による資本注入や国有化だけでなく、銀行間取引に政府保証を付けるという予想外の案も、今回英国が編み出したものだ。当初は拒絶していたドイツも、そうした方法の導入に傾いていった。米国も同様の方法を導入するようだ。この辺は、400年の歴史を持つシティの重みだと言っても良いだろう。

銀行間取引に政府保証を付けるということは、事実上銀行取引は国家が管理するということであり、インターバンクではデフォルトが起きないという意味になる。将来はともかく、現状では「流動性問題で銀行は潰さない」という明確なメッセージとなったのだ。これが銀行間市場の凍結を解凍することになれば、徐々に信用市場は回復する。勿論、国家管理の下での金融であり、正常化にはまだ相当の時間がかかるだろうが、それでも現状を打破するための貴重な一歩になることは間違いない。

<IMFは生き残れるのか>

この間、いわゆる公的機関としてのIMFはいったい何の貢献をしたのだろうか。ブレトン・ウッズ体制の根幹をなす世銀・IMFは、特に国際金融体制に関係の深いIMFは、殆ど機能していなかったのではないか。欧米金融機関の損失予測や世界各国の経済見通しなどリサーチ機能を発揮しているのみで、実際にグローバルな対応策をコーディネートする役割を果たしたとは言い難い。

途上国や新興国の金融危機が激減し、IMFの仕事が無くなったと指摘され始めてからもう数年が経過するが、その間、IMFが新しい役割を本格的に見直している気配はない。それはブレトン・ウッズ体制が事実上崩壊しているのと同義であり、米国主導の国際金融体系が機能しなくなったことを意味している。むしろIMFにはアイスランドから緊急融資要請が来るなど、再び各国財政救済の役割が求められるようになり、グローバルな立場での地位が一層低下することも予想される。

欧米諸国がそれぞれ公的資金を投入したのは意味があったが、その過程で世界的な公的機関が調整力を発揮できなかったことは、今後に暗い影を落とす。それは、公的資金という一時的解決法からの脱却をだれが指南するかという問題が残るからだ。もはや自国のことで精一杯の米国に指導力は残っていない。傷の浅い日本にも単独での調整力はない。

キンドルバーガーは、各国金融危機の歴史的研究を通じて「最後の貸し手」が誰なのか、それを認識して政府が出動することの重要性を指摘しつつ、「グローバルな金融危機における最後の貸し手とは誰なのか」という設問を残している。今日の金融危機は、その答え無しに収束しないだろう。

IMFにその実行力があるのか、或いは新興国や産油国が参集して検討すべきなのか、はたまた現金ポジションに余裕のあるPE Fundの力を借りるべきなのか。これは米外交評議会(CFR)のリチャード・ハースがいう「無極化する世界」に対応する「無極的な金融市場」とでも称すべき、新しい金融観が必要となることを示唆している。

公的資金で一件落着したとの楽観論にはまだ与しない。世界は大きな課題を背負いつつ、のろのろと動き始めたばかりである。

2008年10月17日(第181号)