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◆ 「大停滞時代の意味するもの

◆ 強まる停滞感

「大停滞時代」なんてタイトルで、新春第1号寄稿の幕を開けるのはやや気が引けるが、残念ながら正直な感想としてこれ以外に適切な表現が見つからない。「資本主義の危機的状況」というのは大袈裟な煽り文句だとしても、借金塗れの米国を唯一の消費源とする資本主義は終焉し、新興国の安定的な消費増が見込めるまでのあいだ、恐らく今後数年間、日本を含めて世界の経済は、大規模な生産調整を要する過渡期としての「大停滞時代」を避ける事は難しいと言わざるを得ないだろう。

我々が見慣れた1980-90年代のお気楽な資本主義は、恐らく当面戻ってこないだろう。解り易く日経平均で言えば「5,000円-10,000円の時代」が向こう数年間程度は続きそうな予感がする。その後のシナリオは、経済のゆっくりとした回復という期待を込めた見方だけでなく、ウォーラーステインが示すように社会主義化や暴力社会化といった陰鬱なイデオロギーに支配される確率も決して低くは無い。

現在の、米国が主導する世界経済の問題を一言で描写するとすれば「先食い」である。1980-90年代に、米国は21世紀前半のかなりの部分を先取りして消費してしまったのであり、その結果として当面のマイナス成長とその後の数年間のゼロ成長を受容するのは不可避であろう。期待値のみに依拠した2009年後半景気回復説に、はいそうですか、と乗れないのはそうした直感からである。

もちろん、先食いしたのであればそれを弁済すれば新たな先食いも可能になる、という楽観論にも魅せられるが、今後市場や組織に様々に科せられる規制や社会の冷たい視線が金融取引の柔軟性を奪い取り、金融ビジネスの得意とする「先食い」戦略にブレーキを掛けることになるだろう。今回の金融危機に対する社会通念の変化は、それほどに強烈だと認識しておくべきだ。

また、想像したくもないが、徹底した或いはやや過剰気味とも思える救済姿勢を見せるFRBのバランスシートが破裂したり、米国財政の事実上の破綻が明確になったりすれば、まさに米国ハルマゲドンの到来である。これは決して笑い話では済まされない。我々が今回の危機で学んだことは「何が起きても不思議ではない」という事実なのである。歴史もまた、リスク管理に失敗すればあらゆる事象が起こりうることを教えてくれる。

1990年代初頭、「リスク管理」で先行したバンカース・トラストが欧米の雑誌広告に連載したイラストが話題になったことがある。小島で糸を垂らしている釣り人がいる。小島だと思ったその場所は実は巨大な鯨の背中であった。そしてその鯨は大きな口を開けて釣り針に向かっている。今にもその餌に食い付きそうな鯨の背中で、釣り人は全くその気配を感知していない。

金融のリスク管理は、1980-90年代に大きな飛躍を遂げたと誰もが感じていた。だが、2007年以降明らかになったのは、如何に我々は金融リスクに鈍感になったか、という驚愕の事実であった。バンカース自身がリスク管理の渦に巻き込まれて消滅したことが、今更ながら脳裏に蘇る。

バンカースのイラストは、21世紀の金融に対して何もメッセージを残せなかったというよりも、主要金融機関がバンカース破滅のプロセスを辿る姿さえ示唆しているとも言えるのだ。金融危機はまだ終わってはいない。

◆ 米国経済の補強策

米国は財務省、FRBそしてFDICを挙げて、経済・金融対策を講じてきた。オバマ次期大統領も既にGDPの5%に相当する財政支出に踏み切ろうとしている。戦費や社会保障負担拡大などの不透明さも加わって、もはや米国の財政赤字は正確に幾らと勘定できなくなっているが、単年度予算で見れば2009会計年度の赤字1兆ドル越えは確実だ。

金融に関しては、市場を重視するあまりパッチワークのような支援策の集積となり、米政府やFRBにおけるリスク管理の危うさが目立ち始めている。1990年代に前代未聞のゼロ金利へと舵を切った日銀も、量的緩和や株式買取りなどの非伝統的手段を強いられたが、今回のFRBはその比ではない。FRBの姿勢を高く評価する声は強いが、そのバランスシートの急膨張と資産クウォリティの急低下こそが同時にFRBの危機を浮き彫りにしている。

金融支援においては金融安定化法の7,000億ドルという金額が一応の目安にはなっているが、もはやこの数字に殆ど意味はあるまい。昨年3月のBear Stearns救済に使ったFRBによる290億ドルの支援から始まって11月のCitigroup救済やFRBによる証券化商品買取りや年末の自動車救済などの追加資金供給に至るまで、財務省やFDIC、そしてFRBが準備した金融Safety Netは、支援総額を正確に勘定することが難しいほど多岐にわたっている。

やや備忘録的に述べれば、Bear Stearns救済を皮切りに、GSEへ2,000億ドルの優先株の枠を設け、AIGを1,525億ドルで救済し、Citigroupには資本と証券の損失保証で3,260億ドルをコミットし、銀行への資本注入やGMAC救済などで金融安定化法のTARP議会承認枠の3,500億ドルをほぼ使い切った。合計で約1兆ドルである。

それ以外に、FRBは信用収縮の緊急対策として最大金額は2.4兆ドルCP買取りに出動、更に8,000億ドルの追加支援も決めた。MMFの元本保証や民間商品担保貸出など他の支援額は2.3兆ドルある。またFDICの銀行間取引の保証は1.4兆ドル、決済預金の保護は5,000億ドルである。

また政府はMortgageの借り手救済にも出動した。差し押さえ対策としてのFHAによる3,000億ドルの保証枠、まだ財務省が承認していないが、FDICのBair総裁が強く主張している対策では支援額が4,440億ドルになる。あれこれ含めれば政府のコミットメント総額は約8兆ドル(保証枠3兆ドル、投資枠3.1兆ドル、貸出枠1.7兆ドル)にまで拡大することになる。これに明示的な政府保証に等しいFannie Mae とFreddie Macの負債5兆ドルを含めれば、総額は約13兆ドルで名目GDPにほぼ比肩する数字になってしまう。

この数字自体も問題であるが、むしろこれだけ支援しても多分成長軌道の外れや金融機能の停滞を修正することは難しい、という雰囲気こそが「米国資本システムの危機」を表象していると見るべきではないか。

◆ ゼロ成長社会の到来

米国の先食いモデルを牽引したのは個人消費や住宅投資であった。その二つのエンジンが火を吹いて焦熱地獄へと振り落とされてしまった。残された米国に、成長資源は枯渇している。ハイテクや再生可能エネルギーに夢を託す人も少なくないが、化け物のような収益マシーンへと育成された軍事産業や金融業界を代替することは難しいだろう。米国はマイナス成長を余儀なくされ、世界経済もまた一部の新興国を除いて、低成長の時代へと変化するだろう。

中国経済に望みを賭ける、というシナリオは消えていない。世界に残された僅かな経済成長の希望でもある中国は、しかしながら、米国金融の失敗を繰り返すことはないだろう。彼等は、8%という最低限の成長率を安定的に長期化させるため、「共産主義下の市場経済」という新奇さを強みに変えていくだろう。つまり、バブルを発生させない世界最初の仕掛け作りである。

1980年代に「日本的経営に学べ」とばかり東洋を向いた欧米諸国は、今度は同じ東洋でも中国に学ぶ姿勢を見せるかもしれない。中国共産党が市場経済を導入したように、オバマ政権下の米国経済は社会民主モデルを追及することになるかもしれない。米国が中国の教えを請うことになるということであり、米国が借金と消費で築いた高成長路線から脱却することでもある。大停滞時代の裏にはそうした変化の可能性も潜んでいる。

勿論、中国の政策が失敗してハードランディングへと向かうシナリオも否定することは出来ない。昨年発表した財政政策は、具体策に踏み込めず、腰が引けている。6,000億ドル近い財政投入とは言っても、真水部分は1/4程度しかない、という指摘もある。だが、ロシアを筆頭に新興国経済が総崩れする中で、消去法ではあるが、中国やブラジルなどの数か国に期待をかけるしかない。期待の無い経済社会に、景気回復の芽は無い。

この過渡期のような低成長時代をつまらない社会とみるか、新たな社会の幕開けとみるか、その視座の違いによって本年の過ごし方は大きく変わることだろう。

2009年1月9日(第186号)