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◆ メガバンク消滅の時代

◆ 欧米金融の断末魔

昨年、世界の金融市場の目を釘付けにしたのは「投資銀行」であった。3月にベア・スターンズが政府救済の対象となってJPモルガンに吸収された後、9月にはリーマン・ブラザースが経営破綻、メリル・リンチはバンカメに買収され、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは銀行持ち株会社となってFRBの軍門に下った。

だが本年、市場が固唾を呑んで見守っているのは「商業銀行」の行方である。特に米国金融の象徴的存在ともいえるシティ・グループに対しては国有化も囁かれ、株価は3月初に一時1ドルを割り込むなど、経営不安が本格化した。またバンカメにおいても、メリル・リンチ買収後に予想を超える巨額損失やボーナスの巨額支払いが発覚して、シティ同様に一気に経営不安に火が付いた。

欧州でも大手銀行への警戒感が強まっている。英国では昨年ノーザン・ロックが国営化されたのに続いて、大手ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)の経営不安が浮上して政府が救済に出動、ロイズTSBとともに実質的に英政府の管理下に置かれている。またドイツでは不動産金融大手のヒポ・リアル・エステート(HRE)が事実上の国有化へと向かっている。

欧州に関しては、中東欧の経済危機が大手銀行を直撃するなど今後さらに情勢が悪化する可能性も高く、国有化やバッド・バンク設立などによる公的な支援がさらに増加するものと予想されている。

◆ 商業銀行の総崩れ

今回の金融危機において、最初に投資銀行が苦境に追い込まれ、次いで商業銀行が経営危機に陥ったのは、金融資産価値の破損がまず住宅ローン担保の証券化商品において発生し、それが実体経済の崩れに沿って企業破綻や商業用不動産の値崩れ、住宅ローンや消費者ローンの内容悪化へと派生して引当金や焦げ付きの増加をもたらし始めたからである。投資銀行は「不良資産」の急増で苦しんだが、商業銀行は「不良資産+不良債権」の急増というダブル・パンチを受けている、と言っても良い。

さて政府支援に関して様々な憶測が飛び交っている米国の金融システム救済は、これからどういう展開を見せるのだろうか。シティやJPモルガン、バンカメの首脳は1-2月の業績は好調だと述べて、公的資金の追加投入への思惑を払拭しようと躍起になっている。確かに本業の回復は好材料だが、市場が懸念しているのは保有資産の評価損や融資の焦げ付き増であり、こちらは引き続き予断を許さない状況にある。因みにJP モルガンのダイモン氏は「3月は一転して不調に陥った」とこぼしている。

アナリストらは米国全体の金融機関が抱える含み損は数兆ドルと試算しており、一部には全米金融システムは「実質財務超過」に陥っているとの見方も出ている。その問題を端的に示しているのが、シティ・グループである。いったい、シティやバンカメは国有化されるのだろうか、それとも当局支援のもとで現在の延長線上に自力再建の道を開くことが可能なのだろうか。

◆ 不良資産買取り制度

金融危機の深刻さが浮き彫りになり始めてから、米国で検討されたのはまず不良資産を金融システムから切り離す構想であった。米財務省は2007年末に「MLEC」という買取スキームを検討、次いで昨年秋には「TARP」という金融安定化法での買取を目指したが、ともに失敗に終わっている。価格水準のわかりにくい資産を、国民負担が増えぬように国が公平に買い取ることは不可能であるからだ。

そして本年、オバマ政権のもとで新たな金融支援策が期待されたものの、ガイトナー財務長官が2月に示した不良資産切り離し策は具体論を伴わないものであり、市場の大きな失望を買った。3月23日に発表された「不良資産買取構想」は、市場では評価する声も上がっているが、それはFRBやFDICを盾にして「銀行に優しい買取策」になる可能性が高そうだからである。

今回、米財務省はローンと証券化商品の双方を対象とする「バッド・バンク構想」を具体化したが、それが機能するどうかを見極めるにも時間がかかる。官民パートナーシップといいつつも、実態は財政支出という実弾を避けてFRBやFDICという「財務省のオフバランス」を利用するものである。また銀行に対する「売却強制力」もない。ワゴナー追放劇を見せ付けられた金融経営陣は、追加資本投入に怯えていることだろう。金融安定化への取り組み姿勢は評価されるが、それで銀行がすぐ元通りに回復するとは考えづらい。

日本の不良債権処理の場合は、担保が不動産でありまた処理時点で市況が最悪の時期に相当していたことから、不動産鑑定に基づいた債権買取が可能であった。それに比べて米国の場合、その対象が複雑なスキームを内包する証券化商品であり、また住宅市況がまだどこまで下落するかわからない中で客観的な「公正価値」を計算するのは、たしかに至難の業である。

◆ 政治的圧力か先送りか

政府は大規模な19行を対象に「ストレス・テスト」を行うと発表し、その結果次第で公的資金の追加投入の是非を決定する考えを示したが、公的資金と不良資産買取制度というのは必要条件ではあって十分条件ではない。日本のケースにおいて、邦銀を動かすには「政治的圧力」という十分条件が必須であったことを思い出すべきであろう。その銀行行動原理は、洋の東西を問わない。

一方では4度もの政府支援を受けたAIGが巨額のボーナスを幹部に支払っていたことが判明して全米に「金融支援嫌悪感」が渦巻いており、政府による金融救済への批判も一気に高まっている。公的資金の追加投入は容易ではない。財務長官更迭論まで浮上する中で、米議会が金融機関に対して簡単に公的資金追加を認める雰囲気ではなくなってきた。オバマ大統領は2月に成立した景気刺激策の中で、2,500億ドルの公的資金追加の必要性を訴えているが、米国民の反感を考えれば、その要請を貫き通すことは難しそうだ。

そうなると財務省の手段は限定されてくる。一つは、「実質政府保証の官民共同ファンド」で政府支出を最小限に抑えること、もう一つは時価会計を修正(改悪?)して、銀行の評価損を表面上縮小させて、必要資本の量を減額することである。前者は既にご覧の通りであり、後者についてはFASB(米国財務会計基準審議会)が既に時価会計に基づく資産の評価について企業に一層の裁量を与えることを提案している。バーナンキFRB議長も銀行の資産評価に関してより柔軟な手法を導入することが望ましいと述べるなど、着々と資本不足への圧力緩和が進行中である。

こうした手段に加えて、FRBはゼロ金利と量的緩和で目先の市場不安を取り除くことに手段を選ばぬ政策を展開、シティ国有化議論を封じ込めて、飽くまで民間資本をベースにした銀行再建というシナリオが採択されようとしている。だがそれは結局、米国が10年前に日本の金融再建策を愚弄するように批判した「問題先送り」そのものである。

◆ シティは何処へ

シティ・グループの資産内容が如何に悪化しているが、同行が昨年来3度もの公的支援を受け、米政府保有シェアが36%まで上昇していることを見ればよくわかる。但し、米国内では国有化は必至との見方もあればその必要は全く無いとの意見まで様々であり、どれが効果的な方法なのか、まだコンセンサスが取れていない。

シティに限らず米銀はまだ時限爆弾を抱えている。それは商業用不動産とクレジット・カード・ローンにおける損失拡大である。市場はこれまで住宅ローン証券化商品をコアとする不良資産の評価損を懸念材料としてきたが、今後はむしろその二つの要因が収益の足を引っ張るだろう。大手三行の首脳は先般、1-2月の業績は好調だと胸を張って見せたが、その強気は株価の反発と同様に短期的なものとなるだろう。

私見ではあるが、不良資産の価格水準が正確に分からない上に今後の損失拡大が避けられない状況では、理想的な解決方法は、一度国有化を行った上で優良資産と預金を取り出して「国営グッド・バンク」を創設し企業金融を正常化させ、残りを「国営バッド・バンク」として長期間にわたって淡々と処理を行うことだ。

その過程ではどれだけの損失が「国民負担」となるのか解らないが、現状の優先課題は民間経済におカネが円滑に流れるように回路を修復することであり、修繕費用の計算は後回しでもやむを得ない。従って、国有化はシティ・グループだけでなく実質債務超過の懸念がある銀行すべてに援用されてしかるべきである。

だが現実問題として、国有化という社会主義的解決方法を嫌悪し、損失が確定できない手法を忌避するする米国特有のイデオロギーが国有化を阻む可能性が高い。「資本力のない米国にはもはや大手金融を再建する体力すらない」という自虐的な見方さえも浮上しつつある。

こうしてシティ・グループなどは「ゾンビ銀行」と揶揄されながら、厳しい再建の道を辿る可能性が高そうだ。そこで考えるべきは、今後数年間の「デレバレッジ」が必然と見られる米国経済において、シティやバンカメのような規模の金融が以前のような収益力を回復出来るのか、という素朴な問題である。答えは恐らく「否」であろう。それは比較論では「勝ち組」とされるJPモルガン・チェースにも言えることである。

シティは1990年に経営危機に瀕した際、中東の資本で立ち直った。他の大手米銀も再編を通じて規模拡大という手法で生き延びてきた。メガバンク化による再建は、欧州や日本の金融界でのお手本になったが、現代の米銀の苦悩はその行き詰まりを示している。

シティなど大手米銀は今後、事業譲渡などによって規模を縮小する方向に活路を見出すことになるだろう。シティ・グループはシティコープへと逆戻りする。メガバンクは「米国経済のデレバレッジ」に見合った縮小均衡の道を選択せざるを得ないだろう。

ハイテク機械のような投資銀行は自制プログラムの欠如で自爆したが、恐竜のような商業銀行は環境変化に対応しきれず自壊しようとしている。今後のキーワードは「メガバンクの消滅」かもしれない。その津波が、数年後に日本に押し寄せてこない保証はない。    

(上記原稿をベースに修正を加えて週刊エコノミストに寄稿しました。どうぞご了承下さい。)

2009年4月3日(第192号)