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◆ 米商業用不動産への恐怖感

◆ ボストン・ショック

住宅市況が若干上向いたといって景気回復への芽生えを語るのは、算数の点数が10点上がったといって他の科目の成績を忘れてしまう小学生と似たようなものである。米国の株高や経済回復論は一種の虚構のように眼に映る。その一つの根拠は、商業用不動産市況の厳しさを、米銀経営者や株式市場はクレジット市場ほどに理解していないと思われるからだ。

商業用不動産の問題に関しては、既に2007年から繰り返し指摘されてきた。だがサブプライムに代表される住宅問題と、リーマン・ショックによる経済危機の陰に隠れて、商業用不動産とCMBSが抱える爆弾は過小評価され続けてきた。その危険な状況をあらためて再認識させたのが、AIG4回目の救済劇である。

AIGがほぼ再建不可能であることを市場に知らしめたのは、その損失がCDSではなく商業用不動産向け融資とCMBSから来るものであったことだ。200億ドルのポートフォリオは3か月で26%、即ち約50億ドルの減損処理を余儀なくされている。因みにAIGの保有CMBSの8割はAAA格付けであったと言われている。

だが、住宅着工や耐久財受注、自動車販売などを見て株式市場を中心に楽観論が台頭し、商業用不動産市場は忘却の彼方である。大不況先駆者の日本としては、如何に不況期の商業用不動産ローンの動向が重要で深刻かを忘れる訳には行かない。これは不良債権の本丸であるからだ。米国は日本の教訓をここでも活かせないのだろうか。

米国でも生保と銀行が商業用不動産融資の柱を背負っている。金融システムの問題は、もはや住宅ローン証券化商品という不良資産から、企業融資と個人融資そして商業用不動産融資などの不良債権へと軸足を移していることは、何度も述べたとおりだ。中でも商業用不動産の問題は今後相当な苦しみを米国にもたらすことになるだろう。

それを予感させたのが、今月初に競売に掛けられたボストンのJohn Hancock Tower(ジョン・ハンコック・タワー)の落札額である。2006年に観光名所ともなっている62階建て総ガラス張りの高層ビルを1,300億ドルで購入したBroadway Partnersがノンリコースのメザニン・ローンの借り換えが出来なくなって手放したものであり、Normandy Real Estate PartnersとFive Miles Capital Partnersの連合組が660百万ドルで落札した。ボストンの顔ともいえる名物ビルの価値は3年足らずでほぼ半額となってしまった。

だが一部にはこの落札額は実質的に購入額の1/3程度だとの試算もある。落札した2社は、既存融資先から640百万ドルのノン・リコース・ローンを5.6%で継続する合意を取り付けてそれに最低落札額の20百万ドルを上乗せして同ビルを買い取ったのだが、そのローン自体、現在の信用環境からすれば「破格の条件」であるからだ。

ある試算に拠れば、現時点で640百万ドルの新たにローンを組むとすれば、LTV60%で約400百万ドルを8%、残り240百万ドルをメザニンで11%、出来上がり11%といったところであり、5.6%との差は実質的な銀行からの「補助金」に等しいと見ることが出来る。ローンの年限にも拠るが、10年程度と考えればその補助額は約190百万ドルに相当する。従って、660百万ドルの落札額は実質的には470億ドル、つまり2006年の1,300億ドルの1/3程度だろう、という計算だ。

一般化して言えば、ここ数年ではLTV70%程度のビル保有はザラであるから、ビル価値が仮に35%になれば、エクイティ消滅は当然のことながら、ローンも価値は半減してしまう。大都市の優良ビルでこの有様である。他は推して測るべし、であろう。

◆ CMBSの問題

さて、こうした商業用不動産融資の不振・デフォルトは、それを担保としているCMBSを直撃するのは明らかだ。因みに米国内でのCMBSの市場規模は8,400億ドルと言われており、Sub-Primeの6,000億ドルの約1.4倍ある。既にFitchは欧州系CMBSの41%が格下げリスクに晒されていると述べ、S&Pは近日中にCMBSの大幅な格下げを行うことを発表している。米国ではTALFにAAA格付けのCMBSが対象となるとの思惑でスプレッドは低下したが、AAAを維持できるCMBSは限定的との見方から、市場は再び揺らいでいる。

2月末時点で米銀が抱える商業用不動産融資は約1.7兆ドルあるが、そのうち2009年に満期を迎えるローンがおよそ3,000億ドルあると見られている。商業用モールなどの空室率は上昇中であり、オフィスビルの空室も目立つ。2008年末では全米の商業施設空室率は14%にまで悪化しているが、業界では2011年には20%に達するとの悲観的な見方まで出始めているようだ。

CMBSの見通しに大きな影響を与えるのは、その商業用不動産融資における利払い動向であるが、その状況は「改善」どころか「悪化」の一方を辿っているように見える。Realpointの統計に拠れば、CMBSにおいて発生した「利払い不履行ローン」は2月に120億ドルに達した模様だ。昨年9月まではほぼ平均40億ドルであったが、10月以降は急増して約3倍増となっている。

CMBSの残高に占める「利払い不履行ローン」の割合は、2月で1.43%となったが、これも前年同月比で見ると3倍以上である。現在のペースが続けば年内にその比率は3%を超えるが、市場では5%に接近するとの見方もある。

但し、上記の数字には担保不動産が処理(ワークアウト)されて清算されたCMBSは含まれていないので、不動産市況の実態はもっと悪いと言えるかもしれない。2月のワークアウトは20件で、そのうち半分の10件における回収率は54%に止まっている。商業用不動産市場に、住宅着工や自動車販売で見られるような反発気配はない。

商業用不動産市況の悪化は、まさに経済のボディー・ブローだ。銀行の焦げ付きや貸倒引当金の増加はほぼ確実であり、CMBSの価格下落で生保などの機関投資家の損失も膨らむだろう。株式市場に広がる安堵感は、その顕現化までの意外に短い期間に終わる可能性が高いように思える。

2009年4月17日(第193号)