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◆ 米国の不良債権再考

◆ あれから20年

ちょっと見にくいかもしれないが、下記は日本中がバブルに酔いしれた1989年から現在までの約20年間の日経平均を月足で辿ったものである。この間、実にさまざまなことが起きた。「失われた10年」の一言で済ませたり、日経平均が10,000円に戻りそうだと浮かれたりするのは、次世代への罪であろう。このグラフが語る事実は重い。

こんな絵を見ると、思わず人生を重ねてみたくなる。私事で恐縮だが、筆者はこのグラフの左端の頃、英国に転勤して外側から日本のバブル崩壊の地獄を観察することになり、その後、米銀の東京オフィスで日本の最悪期を過ごすことになった。会社を設立した2001年と現在とを比べても、現在の方が株価は低い。これを「大停滞時代」と呼ばずして何と呼ぼうか。

この経済社会の一つの側面が「銀行ビジネス・モデルの行き詰まり」であろう。最近では、世界的な金融・経済危機の原因解明として米国流資本主義の終焉、新自由主義の限界、新古典派経済学の失敗などのコンテクストから語られることも多いが、それぞれの主張に一理あることを認めつつも、結局は「順張り」でしか経営できない銀行システムの弱点を克服できないことが、20世紀後半から21世紀にかけての構造問題と捉えても良いのではないか、とも思う。銀行問題も、同じように重いのだ。

公的資金を注入すれば融資が増えるという破綻した幻想論理を、現代社会はいつまで抱き続けるのだろうか。危機を飽くまでフィクションで乗り越えようとしている米国など、上記に準えればたぶんまだ1998年あたりの状況だろう。

◆ 確定できない不良債権額

銀行行き詰まり論を掲げる前に、まず不良債権問題をレビューしておこう。日本の不良債権に関しては、1996年当時たしか大本営発表では5,000-6,000億円程度という数字が語られていたように記憶する。いつしかそれが1兆円になり、10兆円になり、そして結局厳格な査定の結果、不良債権額はほぼ100兆円近くまで拡大した。それは銀行貸出の約20%、GDP対比では30%超という巨額水準に達したのである。

さてGDP、銀行資産ともに約14兆ドルの米国はどうだろう。2007年にバーナンキ議長が放った「米国の損失は1,000億ドル程度」との発言はもはや「伝説」の域に達しているが、その後は日本と同じように5,000億ドル、1兆ドルと予想額は増大し、現在ではIMFが2.7兆ドル、ルービニ教授のRGEが3.8兆ドルとほぼGDP・銀行融資の20-25%の数字を発表している。因みにIMFは、米国の銀行部門で1兆6,000億ドル、保険部門で2,180億ドル、ヘッジファンドなどの他部門で8,900億ドルという内訳を示している。

なお、米銀不良債権問題に関しては、今週号の「週刊ダイヤモンド」に寄稿したので、そちらもご参照願いたい。

米国の不良債権は今後の失業・消費の動向次第で急速に増える可能性もある。そうなれば、銀行資本もまた不足する。日銀の白川総裁が述べた「Moving Target」という言葉は、それを指したものである。GDPがプラスに戻ったとしても、やや浮き足立った「Green Shoots」期待は夏から秋にかけて徐々に剥げ落ちる可能性は残っている。となれば、銀行問題もいずれ再燃する。

現代市場は「銀行の資本不足はいくらか」という問いに焦点を絞りすぎている。そもそも、不良債権額がいくらで、今後の利益水準はいくらか、という原点から疑問を解いていくべきである。必要資本額の議論など、適正な比率をどこにおくかでいかようにも設定できるからだ。今回のストレス・テストで市場が簡単に煙に巻かれたのは、定量的に結論が出ないものを結論として求めようとしたからである。

米銀はすでに証券化商品を中心に5,000億ドル超の償却を行っている。それは政府が投入した公的資金で8割がた埋められているが、今回のストレス・テストで政府は今後2年間さらに19行ベースで6,000億ドルの損失が出ると予測した。19行の融資シェアを80%と推定すれば全米では7,500億ドルとなる。償却額を含めれば総計1兆2,500億ドルであり、IMFの1兆6,000億ドルという試算に比べてやや小さいが、それが「ストレス無きストレス・テスト」と呼ばれる所以であろう。その詳細は、今回の伴素郎氏の小論が丁寧に解説してくれている。

現時点でいえることは、これまで発生した損失とこれから発生することがほぼ確実な損失を埋めるために、米国は必要条件を満たす最低限の仕事をしているが、十分条件までは満たしてはいない、ということだ。緊急時だからそれを良しとするか、そうでないと判断すべきか、という認識問題であるが、それは価値観の問題だと言えなくもない。

金融不安を収束させるには後者が回答として自明のように思えるが、市場は必ずしもそう見ていない。米国当局も同じである。だが、日本でも100兆円も不良債権処理をしたのに、あの米国が1兆ドル程度で済むわけがない、という直感は否定しがたい。

不良債権問題に関しては、米国だけでなく欧州も同じ穴の狢である。否、IMFのように欧州の方がもっと厳しいと見る向きもある。考えれば考えるほど背筋が寒くなってくる。金融危機が再発することは想像もしたくないが、時限爆弾の存在は確実だ。幸運にも不発弾で終わるか、爆弾処理が成功するか、或いは暴発するのか、その推測は残念ながら筆者の能力を超えるものである。

2009年6月12日(第197号)