HOME > 2009

◆ 新興国の内需期待の盲点

◆ バランス・オブ・パワーの変化

米国の成長力における低下傾向については、既に数多くのエコノミストが指摘している。3月以降、米株市場はそんなことはお構いなしに政治主導の「回復期待」を鵜呑みにしてきたが、潜在成長率が3-4%というのは既に過去の話であり、今後はせいぜい2%止まりであろう。それに加えて財政赤字の急増でクラウディング・アウトが起き、その成長率にも満たない低迷が続く可能性も高いだろう。

そうなると、世界経済はますます中国やインドなどの新興国の内需へと期待を膨らませる。現実に、そこしか需要拡大の場はなさそうだ。一時的政府支出など、耐久財需要が一巡してしまった21世紀の先進国において、1930年代ほどに効果はあるまい。結局、13億人の中国経済と10億人のインド経済に期待を寄せるしかない。アフリカ経済は遠い先の話である。だが中国やインドが、「新興国」だからという理由だけで期待の星になれるのだろうか。

確かに中国の政治は一党独裁だから、民主主義特有の実効性の脆弱さは無い。カネを貸せ、といえば銀行は融資を増やす。ダムを作れといえば自治体は直に行動する。反対する住民は強制的に移動させる。こういう強権的経済システムは、不況期には強い。

インドは世界最大の民主主義国であり、総選挙に一か月もかかったが、それでも与党は過半数を獲得するのに変な連立を組まなくて済んだ。少なくとも、市場社会への経済改革などに対する与党内抵抗圧力は減少し、新たに成長路線への見取り図を描くことが可能になった。

苦悩する材料に事欠かない欧州や、低迷慣れしてしまった日本、低成長路線への陥落がほぼ確実な米国などに比べれば、新興国の風景ははるかに明るい。国家間のパワー・バランスは明らかに崩れようとしている。だが、そこに金融という落とし穴もあることに気付くべきだろう。

◆ 個人向け金融は成立するか

新興国が豊かになるには、成長エンジンが必要であり、そのエンジンをフル回転させる為に注がれる燃料も必要だ。19世紀末、新興国であった米国やドイツが、ダントツの先進国であった英国を捉え、英国に並び、そして英国を追い越すことができたのは、重工業を中心とする成長エンジンと、その成長を享受する労働者に与えられた「個人向け金融」のおかげであった。

米国経済はなぜ急成長したのか。私は「割賦販売の成功」だという仮説を、1月に上梓した「予見された経済危機」の中で書いた。鉄や自動車産業の成功は大きな要因だが、それを支えた労働者が、給与所得以上の消費を行ったことが最大の経済成長のパラメータとなったというのがその骨子である。割賦販売やクレジットカード・ローンは米国金融が生んだ技術であり、英国はそれに追随して、まさに「アングロ・サクソン型消費経済」を作り上げていったのだ。

米国が、労働者に割賦販売のような個人向け金融制度を維持できたのは、経済成長に伴って当然ながら彼らの給与が上昇し返済能力が高まる、と判断したからである。経済見通しが暗いときに、割賦販売など思いつかないだろう。19世紀に開発された割賦販売は、20世紀を通じてGDPの中の「消費」を押し上げ、消費経済のエネルギー源となった。それが暴発して21世紀の住宅バブルを呼ぶのだが、それは今回の趣旨ではない。

問題は、中国やインドにこうした割賦販売による消費押上げが可能になるのかどうか、である。先進国の個人負債はGDP比約100%の水準だが、アジアではまだ50%程度に過ぎず、中国やインドは15%に満たない。これは、大きな「伸びしろ」があるとも言えるし、拡大には何らかのきっかけが必要だとも言える。現実認識としては後者を選びたい。

現在人々が期待しているのは、既に消費活動が欧米化した新興国の富裕層ではなく、中間層や貧困層の底上げによる内需拡大である。両国における金融は、そうした人々に積極的に割賦販売のような信用供与を提供出来るのだろうか。

中国・インドともにその人口の大半は農村部の貧民層である。この部分に光を当てて金融が彼等の購買力を底上げするというのは淡い期待だろう。農業分野に華々しい成長力は期待し辛い。詰まるところ、金融の行動原理は順張りである。大きな技術革新による生産性の向上が無ければ、そこに金融が浮力として働く可能性を見出すことは難しいだろう。

中間層もまた所得増加が保証されているとは言えない。中国の生産も結局は先進国の需要に依存しているところが大きい。外需から内需へのシフトが不可欠、というのは金融の現場知識が乏しいエコノミストや評論家の虚言である。「成長機会なきところに金融なく、金融なきところに消費拡大はない」のだ。

もっとも、中国の財政支出が呼び水になってアジア地域の産業全般が活況になり、それが金融を誘引して中国内の消費活動に火が付く可能性はある。現時点では、それが唯一の「明るいシナリオ」だろう。だがそれはまた別のリスクも胚胎する。金融拡大による中国でのバブル発生である。その話は「世界潮流アップデート」に書いたのでここでは省略させて頂く。

当面の問題意識は、中国とインドの内需にどの程度期待できるか、という側面だ。それは、個人向け金融がどの程度消費を誘発できるかにかかっている。中国は5月に漸く内外金融機関に消費者金融業の設立を認めた。耐久財購入への補助金も与えている。第二弾の財政出動を検討するとなれば、景色はさらに変わってくるだろう。

結局、新興国の内需拡大は個人ファイナンスが成功するか否か、に依存する。その明るさに期待したいものだが、カネが商品や不動産に流れやすいアジアで健全な消費が期待できるかどうか、まだ不安は残っている。

2009年7月10日(第199号)