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◆米共和党「金本位制」の本気度

4年前の今頃は、世界経済が奈落の底に堕ちるかのような恐怖感を味わっていた。だが喉元過ぎれば何とやら、である。米国経済は、依然として雇用や所得、消費などに問題を抱えたままであり、製造業の低迷は長期化しそうな印象であるが、住宅には取り敢えず回復が見えている。

ある資料を眺めていたら、結局米国は過去数年間でたいしたデレバレッジが起こっていなかったことが解った。家計や金融のバランスシートが縮小したのは事実だが、2008-9年に言われていたほどの修正は起こっていない。カードローンやモーゲージの残高は流石に縮小しているが、自動車ローンや学資ローンは増え続けている。だからこそ、経済が順調そうに見えるのだろう。

一方で、欧州はその反対に必要なデレバレッジを行っていなかったツケがいま問題視されて、必要以上に経済縮小が進もうとしている。道筋としては「馬鹿正直」の欧州の方が正しいように思えるが、現象としては「要領のよい」米国の方が上手くやっているという印象は否めない。市場を安堵させたECBの「無制限国債購入」も、所詮は時間稼ぎでしかない。

だが米国も、大統領選挙や財政の崖というリスク要因に直面している。「財政の崖」に関しては、米議会予算局をはじめとして最悪のケースを含めた成長率や雇用市場などへの影響が試算されているが、大統領選挙に関しては読めない政治リスクが存在する。

オバマ大統領が再選されてもロムニー氏が当選しても、米経済が劇的に改善する見通しは乏しいというのがコンセンサスだが、問題はロムニー候補が勝利した場合の経済動向の不透明性である。同氏はベイン・キャピタルの創設者であることから、ビジネス界に理解がありウォール街との太いパイプもある、といった報道はあまり鵜呑みに出来ない。財政超タカ派のポール・ライアン氏を副大統領候補に抜擢したこと自体、市場経済にとっては油断ならない大統領候補である。

依然として様々な世論調査では、人格的に一枚上のオバマ大統領が一歩リードを保っている。FRBのQE3も株式や不動産などの資産リフレを通じて、オバマ再選への順風になる可能性が高い。だが決定打に欠く両者の差が僅差であることに変わりはない。選挙は水物である。確率的に低いとはいえ、ロムニー大統領が就任する米国経済像は、予め想定しておく必要があろう。

財政政策を巡る「ライアン・リスク」については9月初旬の「日経ヴェリタス」に書いたので、重複を避ける為に本稿では別のリスクを指摘するに留めておこう。だがこれも市場にとって極めて重要な問題である。それは「金本位制への議論復活のリスク」である。

8月末に行われた米共和党の党大会にて、同党は正式にロムニー氏を大統領候補に選出し、副大統領候補のライアン氏とともに、「打倒オバマ」に向けて総力戦へと舵を切った。メディケア、メディケイド、フードスタンプ、税制改革、対中政策など重要テーマに焦点が当たる中、ひっそりと「選挙綱領(プラットフォーム)」の中に金本位制復帰を検討する為の「ゴールド委員会設立」が盛り込まれていたことは、あまり報じられなかった。だがこれは、市場にとって無視できる筈もない出来事である。

金本位制への復帰論は、主要な経済学者らからは全く無視されている。特にクルーグマン教授などは、金本位制論者の知能程度の低さを疑う、といった厳しい口調で金本位制の支持者をあからさまに罵倒している。他の経済学者もその「馬鹿馬鹿しさ」を指摘しつつ、なぜ1971年にニクソン大統領が金兌換を停止したのかその意味を知っているのか、と言わんばかりにその主張を退けている。

だが、米国保守派には金本位制を支持する声が根強く残っているのは事実である。その代表が、共和党の「FRB嫌い」で知られるロン・ポール議員であろう。リバタリアンで知られる同氏は今回も大統領候補戦で敗退したが、高齢層だけでなく若者層にも熱狂的な支持者を擁しており、各州でまんべんなく一定数の支持を確保している人物だ。因みにモルガンスタンレーが行った「2014年のFRB議長は誰か」というアンケート調査で、同氏はバーナンキ、イエレン、ハバードに次いで堂々の第4位に付けている。

ロムニー氏を指名した共和党大会でも、ポール氏が壇上に立つと拍手が鳴りやまないほどに、一部受けとは言いつつも、その人気ぶりは際立っていた。そんな同氏が長年主張してきた金本位制に関する議論を、選挙に向けた綱領の中に含めたことは、通貨体制改革派への単なる配慮以上のものがあるようにも思われる。

共和党は、1980年のレーガン候補時代にも金本位制復帰検討を選挙綱領に乗せたことがある。1971年にニクソン大統領が金本位制を撤廃した後も、同党ではその判断の是非を問う声が止まなかったのだろう。1984年に同氏が再選を狙った際にも、選挙綱領の中で金本位制は「有益なメカニズムだ」として言及されていた。その後28年間の沈黙を経て、金本位制への議論が再び亡霊のように蘇ったのである。

もっとも、ロムニー氏が大統領になってすぐに金本位制に復帰するという話ではない。取り敢えずはポール氏を委員長にして議会内に「ゴールド委員会」を設置し、量的緩和を進める現在の通貨システムと、金本位制に復帰した場合のシステムとの比較検討を行い、後者の優位性について政治家や国民にメッセージを発していく。という戦略であろう。

残念ながら、通貨体制に絶対的な正答は無い。如何にノーベル賞受賞者であるとはいえ、クルーグマン教授の説が絶対に正しいとは、誰にも証明できない。かといって金本位制に戻れば経済が安定化する保証もない。20紀初頭に各国が金本位制を脱した際にも、1973年に変動相場制に移行した際にも、いずれ元に戻さねば、という力学が働いていた。どんな通貨体制も常に批判に晒される宿命を持つ。それは。絶対的な回答のない体系の中では当然のことなのだ。金本位制に一定の柔軟性を装備すれば、デフレ懸念を消し去ることも不可能ではない。

今回の共和党の判断が、バーナンキ議長の政策判断への嫌悪感にあることは間違いない。それほど「QE」のインパクトは大きかったのである。いや、正確に言えば「QEの効果の薄さ」のインパクトと言うべきだろうか。そして先般、FRBが「QE3」を導入したことで、現行の金融政策に対する批判の声は更に強まりそうだ。

経済学者の多くは量的緩和における議長判断を支持しているが、それは他に案が無いからという消極的な理由であり、仮にデメリットが見えてくれば、その多くは手のひらを返すように「QE反対」の姿勢を強めることになるかもしれない。所詮、経済や金融は結果論なのだ。FRBもまた結果オーライに託している印象が強い。

ロムニー・ライアン体制がポール氏ほどに金本位制に傾斜しているとは思えないし、この共和党コンビが大統領選を制す可能性もそれほど高くない。それでも、議会においてFRB政策への圧力が増幅され、緩和に慣れきった市場が「想定外のシナリオ」に右往左往するような事態が起きる可能性には、十分留意しておくべきだろう。

2012年9月20日(第015号)