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◆豊富な金融資源を活かせない先進国

日本経済は「乏しい資源を効率的に利用する」という点で世界の先端を走り、発展してきた。焦土と化した戦後や、二度にわたる石油危機から見事な復活劇を遂げたのも、そして米国を中心に拡大した消費化社会に対して上手く適応出来たのも、この効率化技術に拠るものである。いま日本は新たなエネルギー危機に直面しているが、そのDNAを以って対処すれば、やや時間は掛かかるにしても、難問を克服することは不可能ではあるまい。

だが日本が逆に不得手としているのが、豊富な資源の利用方法だ。世界第二位の個人金融資産を誇る中での資産運用はその典型例だろう。更に、どんなに金融緩和してもそれが経済全体に染み渡らず低成長に甘んじている現象も、その一つの例だと言ってもよさそうだ。日本人は、希少な資源を溜め込んだり効率的に使ったりするのは得意だが、有り余る資源を使うとなると、急に思考回路が止まってしまうようだ。或いは、豊富な金融資源の利用法を誤ってバブルを引き起こした悪夢を、まだ忘れることが出来ないのかもしれない。

一方で米国の豊富な資源の利用法は、特に金融資源に関しては日本より一枚も二枚も上手であった。経常赤字や財政赤字が増加する中でも、海外から資金をふんだんに取り寄せることによって軍事力や経済体制を維持し、金融危機が起きれば過剰なまでの支援を行った。投融資に関しても、PEファンドなど所謂「ノンバンク」による信用創造システムを発達させて、レバレッジ型の経済を作り上げてきたのである。

だが、その米国にも転機が訪れている。サブプライム・ローン問題で金融の暴走が露呈し、2008年にはリーマン・ショックでその金融資源の利用方法に大きな疑問が突きつけられたからである。現在、米国の金融システムはかなり修復したように見えるが、以前のように経済を牽引する力は無くなってしまった。ここにもバブルの後遺症が見て取れる。

そんな脆弱な経済を再建しようと、FRBは度重なる量的緩和を打ち出してきたが、そのカンフル剤の効能にも疑問符が突きつけられている。これまで豊富な金融資源を積極的に使って世界経済の中枢を担ってきた米国も、FRBが送り込むおカネの使い道に窮しているように見える。市場が期待したほどに、株式などの資産価格には影響を与えていない。

これは、豊富なマネーの使い方が得意であった米国すらも、日本同様に「資金をどう資本に転換すべきか」という点で悩み始めた証拠であろう。市場では、米国企業が設備投資や雇用に慎重なっているのは、「財政の崖」や欧州問題など不透明な要因が多い為だ、との意見が大勢だが、必ずしもそれがすべてではないように思える。実業の経営者らは、投資家に先駆けて、金融政策に依存する成長スタイルに疑問を持ち始めているのではないだろうか。

◆ マネー不要のイノベーション

ウォール街では依然としてFRBの量的緩和策を支持する声が強いが、実体経済を支える企業経営者らの反応が大きく異なることは、先般デューク大学が米企業887社のCFOを対象に行った調査において、80%以上がFRBの政策効果に疑問を呈していることなどにも表れている。「財政の崖」が回避されたとしても、企業の投資意欲が急速に回復する可能性はそれほど高くないような気がする。

この点で、以前「世界潮流」で紹介したことがあるハーバード大学のクリステンセン教授の指摘は興味深い。20世紀以降の米国経済の拡大物語は三つのイノベーション過程で説明出来る、と述べる教授が示すのは「Empowering(活力)」「Sustaining(維持)」「Efficiency(効率化)」の三形態である。

活力の例は、ソニーのラジオなど大衆化されていく高性能商品開発だ。維持の例は、トヨタのプリウスのような代替性商品の開発であり、効率化の例は現代社会で数多く観察されるイノベーションである。それぞれに経済的意味はあるが、資本や雇用の面では大きな違いがある。

まず活力を生むイノベーションには資本も労働者も必要になるが、代替商品であれば資本は必要であっても新たな雇用は生まない。そして効率化のイノベーションは資本も雇用も殆ど必要がない。1980年代までバランスよくこの三形態が併存していたのが米国経済の強みであったが、今では効率化プロセスだけが稼働している。カネもヒトも要らなくなってしまったのである。クリステンセン教授はこれを「キャピタリストのジレンマ」と呼んでいるが、それは日本にも当てはまるところがありそうだ。

そうした環境では、どんなに中央銀行がマネーを供給しても、雇用は増えないし設備投資も増加しないだろう。いま米銀では、預貸率が邦銀並みの70%台にまで急低下していることが確認されている。資金需要の低迷という「日本化」が、米国にも定着し始めた、と見て良いだろう。欧州の状況が更に酷いことは周知の通りだ。

そんな中、日本では総選挙が行われ安倍総裁率いる自民党が第一党へと返り咲き、政権の主導権を握ることになった。既に選挙前から日銀への政治介入姿勢が強まっており、円安やインフレ期待で日本経済は復活するという期待感の先走った市場展開となっているが、低下を続ける生産性を無視して金融政策のみで健全な成長が取り戻せるとは思えない。それは多くの良識的な識者らが機会あるごとに指摘している通りであろう。

米国では豊富な資金だけでなく増加する雇用力を使い切れない、という新たな余剰問題も抱え込んでしまった。アップルは先日、中国での生産を一部米国に移転すると発表したが、それも政治に配慮した単なるポーズのようにしか見えない。製造業の回復で雇用も回復するという期待感もあるが、MITのある教授らは、現代の米国労働者は洗練された機械との厳しい線損競争で敗北を喫しつつある、という衝撃的なレポートを発表している。

日本を含めて先進国は、豊富な金融資源の使い方が解らなくなったのではなく、逆に過剰な金融資源への警戒感から市場経済の健全性が損なわれることに、本能的に危機意識を抱き始めている、という可能性もあろう。労働力は斬り捨てることが出来ないが、マネーには抑止力が効く。これ以上の追加緩和は、やはり愚策としか思えない。

2012年12月20日(第018号)