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◆2013年のインフレ確率

総選挙は、過去最低水準の投票率にも助けられて自民党が圧倒的な勝利を収め、第一党に返り咲いて政権の主導権を握ることになった。その総裁は、2007年9月に健康問題を理由に突如として首相の座を去った安倍晋三氏である。その後、新薬によって執務が可能になったとして、復活してきた。尖閣問題や竹島問題という強い順風も吹いた。選挙前から円安・株高を演出し、3%程度のインフレを目指すとして、上げ潮派の熱狂的な支持を得て再びの座に就くことになった。何だか、エルバ島を脱出して凱旋したナポレオンのようでもある。

ナポレオンの政治戦術が巧みであったことは今さら言うまでもないが、敢えて筆者が個人的に感心していることを挙げるとすれば、ダヴィドら新古典派の芸術家をフル稼働させて、そのイメージ戦略に成功したことである。昨年、ルーブル美術館で彼の首席画家であったダヴィドの「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョセフィーヌの戴冠式」を観たが、その大迫力にまず圧倒されてしまった。当時の宣伝効果は計り知れないものがあったに相違ない。

政治家にとってイメージ作りは最重要である。政策的・頭脳的な弱点は、ブレーンが補強してくれるのだ。民主党政権の三人の首相は、みなそれなりの頭脳を持っていたにも関わらず、ブレーン不在が災いしたか、イメージ作りでは完璧に失敗したと言って良いだろう。鳩山氏の「友愛」は全く理解されず、菅氏は「イラカン」のままで失墜し、野田氏は自ら「ドジョウ」と称して夢も希望もない首相で終わってしまった。

その意味で、良くも悪くもイメージ作りで大成功したのが小泉純一郎氏であったことに異論を挟む余地は小さいだろう。総裁選前から一匹狼のような振る舞いに終始し、主流派に対して斜に構えるような剣法で立ち向かい、「自民党をぶっ潰す」と逆説的な論法で仮想敵を作り上げて、世論を味方に付けてしまった。小泉氏にとって、ナポレオンのダヴィドに相当したのが「お茶の間メディア」であった。

やや語弊があるかもしれないが、ある広告会社の友人に言わせれば「小泉は偏差値40前後の層を徹底的に狙った」のである。勿論、国民を偏差値で評価する訳にはいかないが、この分析は要するに「政治など関心がないが、お昼のワイドショーは毎日見ている」人達のことを指している、と言って良い。

勿論、政治に精通する人々の間でも小泉氏を支持した人は少なくなかった筈であり、一概には言えないが、こうした全国的な国民的支持なしにはあれほどの小泉人気は生まれなかっただろう。イメージは重要である。小泉ジュニアとして既に人気の高い小泉進次郎氏は、着々とその教訓を活かし始めているようだ。筆者が以前書いた「2020年頃への期待値」への答えとして、同氏が浮上してくる可能性は極めて高いと思っている。

だが安倍氏に関して言えば、小泉氏の直系後継者であったにもかかわらず、イメージ戦略をきちんと学んでいないような印象を受ける。総選挙前に「インフレは3%目標、日銀は無限緩和で建設国債購入を、そして公共投資は拡大へ」といった言葉を連発し、如何にも自分が救世主であるかのような大言壮語を繰り返したのは、過去の挫折感の裏返しとしての虚勢的な強気、或いは狂気を孕んだ躁的症状とも言える、あまりに稚拙な戦略であった。さらに「日本を取り戻そう」という意味不明のキャッチフレーズも、至る所で失笑を買うことになった。いったい、誰から、どこから、日本を取り戻すというのだろう。

経済に関しては、安倍氏は「円高とデフレが日本経済低迷の原因」と述べている。だから円安にしてインフレにすれば日本経済が回復するのだそうである。いくらお茶の間を相手とする小泉元首相でも、恐らくこうした戦略は採らなかっただろう。インフレが物価上昇を意味することは、気の利いた小学生でも知っている。テレビに釘付けの人達が望んでいるのは、物価上昇ではなく賃金上昇なのである。

おカネに苦労したことのない安倍氏やその取り巻きのエコノミストらは、恐らく2-3%の物価上昇など生活に関係ないと思っているようだ。少し我慢すればそのうち経済が上向いて賃金も上がるのです、と言いたいのだろう。だが我慢が出来ない人もいる。我慢しても賃金が上がらないかもしれない。物価上昇が2%では済まなくなることも想定される。燃料費は円安でますます上昇し、最も避けるべきコストプッシュ・インフレに火が付く可能性があることは言うまでもない。

また自民党の常套手段であった「公共投資拡大」も復活するらしい。市場の「まだ数年間は大丈夫」との声が、国債増発への自信を植え付けてしまったのだろうか。金利上昇を封じ込める為に、政府は傀儡総裁を据えた「内閣府日銀局」と化す中央銀行に更に大量の国債購入を促すことになるだろう。インフレと人為的低金利の共存である。

それはラインハート教授が2011年3月の論文で示した「Financial Repression」の序曲となるかもしれない。インフレの下で人為的な低金利水準にて資金調達を行う構造を長期的に作り上げ、国民の気が付かない間にせっせと負債負担を軽減させる、という手法である。何十年かかるか解らないが、こうして国民から資金を吸い上げて公的債務を返済していくのだろう。その為にも、やはり政府にとってインフレは必要なのである。

そんな政治家を民主的に選んだのが日本の判断である限り、後でいくら変だと解っても、国民はそれを受け容れるしかない。賢明な投資家は、それを与件として自らの損失を回避せねばならない。従来勝ち組の選択であった銀行預金と日本国債は、まず投資対象から外すことを考えねばならないだろう。

インフレにどう対応するか。これに対する回答は、昨年11月に友人平山賢一氏が上梓した「インフレ到来」という新刊に譲ることにしよう。中身を紹介すると本が売れなくなって同氏に迷惑が掛かるので、本をご紹介するだけに止めたい。一読に値する本である。

2013年にインフレが本当に到来するかどうかはまだ確定的とは言えない。だが、その確率が高まってきたことは事実である。それも、日銀が目指していたような健全で緩やかな物価上昇ではなく、不健全で急激なインフレ、そしてスタグフレーションの可能性をも附随する動きである。

そして長期金利も、日銀の購入と民間銀行・海外投資家総売りの勝負になることも予想される。「Financial Repression」が成立するには日銀が勝つしかないが、その勝利の保証はない。反対に、長期金利が2%に向けて上昇し始める可能性は決してゼロではない。残念ながら、2013年はそうしたリスクを真剣に考えながら臨む1年となりそうである。

2013年1月17日(第019号)