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◆財政赤字・金融政策・長期金利

以下は、2月22日にNew Yorkで開催された「Monetary Policy Form」で披露された、FRBの前理事であるFrederic Mishkin教授、James Hamilton教授、Morgan StanleyのDavid Greenlaw氏、Deutsche BankのPeter Hooper氏の4名による共同研究の概要です。一部は弊誌や世界潮流でもご紹介しましたが、貴重な内容を含んでいると思われるので、以下に全体像の要約を纏めておくことにします。

原題: 「Crunch Time : Fiscal Crisis and Role of Monetary Policy」

<概要>

財政赤字がGDP比80%を超えかつ経常赤字が続く国は、急速な財政状態の悪化に対して極めて脆弱である。その財政危機の潜在性は、金融政策効果の限界をもたらす。このシミュレーションでは、FRBがいずれ大幅な損失を強いられることになり、財務省への利益の納付が困難になる可能性が示されている。

<結論>

欧州危機を契機として、債務問題が突如として浮上する市場メカニズムを理解すること、そしてそれが金融政策に如何なる意味をもたらすのかを理解すること、の重要性が問われている。

その為に、過去の20か国のケーススタディを行った。そこから解ったことは、債務の累積額と長期金利の間にはやはり明確な関係がある、という事実だ。具体的には、公的債務のGDP比率が1%上昇するごとに10年債利回りは4.5BP上昇すること、経常赤字が1%増加するごとに同利回りは18BP上昇すること、そして負債が一定水準を超えると金利上昇は直線的でなくなること、の三点が得られた。

また量的緩和を進めるFRBのバランスシートの分析を通じて、緩和の出口の際にFRBは民間銀行の超過準備への利息支払いの増加と保有債券の売却損によって、早ければ2016年にもFRBは損失を計上し始め、場合によってはFRBの資本金が大幅に毀損する可能性もある、との試算が得られている。このシナリオは、FRBの政策決定に大きな影響を与えるものである。

4名のエコノミストは、まず債務の動学モデルを設定し、そこから財政状態の不安定性や危機を生む「Tipping Point(傾斜点)」を分析する準備を行っている。これはテクニカルな部分なので割愛する。

過去の危機分析は名著「This Time is Different (Reinhart/Rogoff)」のように途上国や新興国を対象としたものが多いが、この調査報告では先進国に限定した分析が行われているのが特徴だ。回帰分析の為に使用されたのは、20か国の2000-2011年のデータ、即ち240個のデータである。回帰式は以下の通り。

Rit = αi + γt + 0.0313BGi,t-1 + 0.0142BNi, t-1 -0.0184Ci,t-1 +Eit

(R square = 0.69),

R = average nominal yield ; i = country t = year

B = government debt as percentage of GDP ; G = Gross N = Net

C = current surplus as percentage of GDP

これより、B即ち債務残高のGDP比が1%増えるごとにR即ち長期金利水準が「0.0313+0.0142=0.0455」即ち45.5BP上昇することが判る。また経常赤字のGDP比が1%増加するごとに長期金利が0.0184即ち18.4BP上昇することも判る。

そして彼等は、長期金利上昇のジャンプ、つまり一定の閾値を超えて急速に金利水準が上昇する「Tipping Point」を推測する為に、更なる回帰式を導出している(以下は、グロス負債シェアに基づいたものである)。

Rit = αi + γt + 0.0029BGi,t-1 +0.245Ci,t-1 + 0.00203BG2i, t-1 +0.00793C2i,t-1 ? 0.00636C i,t-1*BGi,t-1 + Eit

(R square = 0.82)

この回帰式から、経常赤字のGDP比水準が高いほど、公的債務額の増加における長期金利の上昇スピードが加速されることが示される。例えば、債務シェアがGDP比ゼロから40%へ増加する際、経常収支がフラットな場合の金利上昇幅は44BP、経常赤字が2%の場合は108BP、5%の場合は171BPとなる。そして債務シェアが200BPに達せば、経常収支フラットな国の金利上昇幅な868BP、赤字2%では1186BP、赤字5%では1504BPと、まさに「ギリシア化」の再現となる。その際の標準誤差(E)は、ほぼ1%前後である。

同報告書は、注目すべき個別分析としてギリシア、アイルランド、日本、そして米国を挙げている。巨額の経常黒字と極端なホームバイアスの掛る貯蓄と言う点で日本は明らかに「アウトライヤー」であると認めながら、その持続性はあと数年であろうとの認識も併記している。

そして米国も日本同様に低金利を享受してはいるが、経常赤字と財政改革の遅延の面で、米議会予算局(CBO)によるシナリオと対比させながら、将来的には長期金利上昇が避けられないと結論付けている。そのグラフは、3月5日号のWeekly CMAに掲載した通りである。

将来的な財政危機の可能性は、金融政策にどう影響するのだろうか。一つに、引き締め気味の運営が必要との考え方がある。緩和拡大は財政再建へのインセンティブを殺いでしまうからだ。またインフレ期待が高まれば長期金利上昇を誘い、財政再建を益々難しくさせる。欧州の緊縮財政や米国内の緩和反対派の議論がこれだ。

一方で、金融緩和は成長を促進するので財政赤字縮小に有用だ、という見方がある。IMFはこの見方に傾いている。これまで日本の財政赤字に警鐘を鳴らしてきたIMFが、一転してアベノミクスを支援していることは象徴的だ。また財政再建を歓迎するMoody’sが先月緊縮財政路線をひた走る英国を格下げしたのも興味深い。

米国の場合、恐らく後者のシナリオに基づいて金融緩和が継続されるだろうが、政治情勢を鑑みればFRBの施策が財政状態を大きく改善させるには至らないだろうと4名のエコノミストは指摘し「米国ソブリン危機のリスクは消えない」と明記している。

究極的に、中銀に財政危機を回避する力はない。中銀の長期債購入増加の反対側には、民間金融の準備預金増加がある。つまり、中銀はそのバランスシートを通じて国の長期債務を短期債務に衣替えしているに過ぎない。FRBは、超過準備に利息を払い続けねばならないのである。金利が上昇すれば、そのコストはさらに増加する。

これは、資金調達に苦しむ途上国などが短期債務に依存するのと同じ構造だ。我々は南欧諸国でその現象を見たばかりである。そして最終的には恐れていたインフレがやってくる、と彼等は述べ、欧州が「アルゼンチン化」するリスクも否定できない、という。

既に資産規模が3兆ドルを超えてさらに「保有資産増殖中」のFRBにも、危険は迫っている。FRBの損失・資本毀損のシミュレーション結果は省略するが、結果的にこうしたリスクを懸念して緩和の修正が大幅に遅延し、最終的にはインフレを招く可能性が高いと4名は結論付けている。それは、スタートしたばかりの「新日銀」にとっても、大きな示唆を与えるものであろう。

2013年4月18日(第022号)