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◆ ある証券会社役員との対談 その2

前回に引き続き、大手証券会社役員のA氏と編集人との対談です。今回は後半部分を掲載致します(CMA編集部)。

(倉都)日本のビジネスは当然ながら日本円をベースとした商売が基本だと思うが、それだけだと限界もある。今後の成長を考えるなら外貨ビジネスを、という発想はないだろうか。

(A氏)日本円のビジネスが今後急激に縮小するとは思えないが、やはり外に目を向ける必要はある。アジアというのが自然な発想だろうが、以前言われていたような香港、シンガポールと同じような効率性のある金融センターを考えるには、民間だけの努力では無理がある。

(倉都)それは本来であれば内閣府や財務省、或いは経産省などが後押しすべきなのだろうが、経験則的に言って彼等に資本市場を理解して貰うのは殆ど不可能だ。あまり官僚に頼らずに民間で声を張り上げても良いのではないか。

(A氏)国際金融センターというのはあまり現実味がない。アジアをビジネスにしようとするには、アジアに出て行くしかない。ただ中国などを例に取れば、商売が取れるのは証券会社ではなく銀行だろう。証券会社という枠組みでアジアを日本のビジネスに取り込むのは難しい。引受け・ブローキングでは収益性に限界がある。可能性があるのはエクイティのIPOだが、ここは日系業者が簡単に取れる商売ではない。銀行のバランスシートを有効に使うというのがこれからの証券ビジネスの展望ではないか。アジアでも引受けするには資本勝負になってしまうだろう。せいぜい、アジア株投信などの販売というところが現実路線だ。

(倉都)そうなると今後注力するビジネスはどういう方向性になるのだろうか。

(A氏)敢えて言えば富裕層ビジネスだ。これは銀行もやっており、専業でやっているところもあるが、証券会社はまた違った切り口で対応が可能だ。システムや人員などコストも比較的小額で済む。銀行系証券ならこの分野で銀行とタイアップすることも可能だろう。日本でこの事業が注目され始めて久しいが、まだがっちりしたビジネス・モデルに成熟していない。外資系は海外で先行しているが、日本の本当の金持ちの中には彼等を信用しない人も多い。外資系と本邦系では客層も違う。ただ、まだ飛躍の段階には来ていない。

(倉都)先ほどからの話の印象では、銀行と証券の協業が重要という点が浮かび上がっている。では英国の商業・投資銀行分離といった方針は、金融ユーザーのニーズには逆行する風潮だと見て良いだろうか。

(A氏)ロンドン出張の際に聞いたのだが、欧州では商業銀行と投資銀行の両部門の相乗効果が大きいようだ。商業銀行経由でのソルーション・ビジネスが投資銀行部門に流れてくるという。複雑なスワップやM&A絡みのアドバイザリー業務など、マージンの大きな商売が商業銀行からの紹介で入ってくるのだろう。これがリング・フェンスで厳格に遮断されるのは大きな影響があると思う。リーマン・ショックを契機として、欧州事業法人の本邦金融機関を見る目が変わったことが大きい。バランスシートを持っている金融機関、つまりいざとなればカネを貸してくれる金融機関への依存度が強まったのだと思う。証券や派生商品などのビジネスは持ち込むから、融資のコミットメントは外さないでくれ、というのが事業法人の本音だ。

(倉都)では規制が強化されると金融機関の収益性はさらに苦しくなる。欧米の資本市場だけではなく、日本の資本市場も益々収益を産めない場所になってしまう。活性化の鍵はやはり経済成長しかないのだろうか。でもそれには債務再編という厳しい局面を乗り切らないと無理なような気がする。日本国債などのヘアカットを含めて。

(A氏)国債でいきなりヘアカットを要求されたら多くの邦銀が死んでしまう。ただ日本国債が無事だとは言えない。それどころか大変な場面に遭遇する可能性は高いと思う。国内貯蓄で賄えなくなれば、国債売り・円売りは避けられなくなる。あまり市場予想はしたくないが、10年債で3%というのは一つの目安だろう。円が売られても経済が回復しないというシナリオが最も怖い。

(倉都)ただ、日本国債が売られるなら、米国債も売られない筈が無い。むしろ海外需要に依存する米国債売りの方が先行するとすれば、単純に円売りが起こるとは言えないのではないか。ドル売りも同時に起きて、ドル円はせいぜい80円台止まりという可能性もある。

(A氏)私は、日本に対する信認低下の方が米国信認低下よりも早いと思う。だから円売りは発生する。問題はそこでも景気が回復しない可能性があることだ。円安が日本経済の順風になると考えるエコノミストが多いが、日本の経済構造はもうそういう反応を示さないのではないか。

(倉都)ただ一般論として、景気が悪くなった国は為替の切り下げで経常収支を回復させて景気を上向かせることが出来る。日本の場合ももしドル円が100円程度になれば、回復ムードは出るだろうが、逆に悪性インフレを呼ぶ可能性もある。円安になるのはむしろ日本経済が沈没する時だろう。

(A氏)日本国債の10年債利回りが3%まで上昇してもGDPが3%成長することはない。景況は厳しくなるし、銀行も苦しくなる。金利が上昇すれば利鞘が改善すると言う人がいるが、その意見には全く賛成出来ない。

(倉都)金利が3%で止まる保証もない。金利が上がれば銀行の融資ポートフォリオは不良債権の山になるだろう。2-3年後には大きな山場が来そうだ。それを回避するために、財務省や日銀は「金利管理」や「金融抑圧」を始めるだろう、というのが私の最近の主張だ。

(A氏)それは何をするということ?

(倉都)FRBが8月に決めた「2年間のゼロ金利」は一種の「金利管理」だ。これを更に拡張して、中期債や長期債の利回り上限を設定するというやり方だ。例えば日本国債の10年債の上限を2.5%に設定し、流通市場でそれを超えた分は全部日銀が買い取るといったやり方。いわば金融市場の「非市場化」だ。

(A氏)初めて聞いたが、もしやるとなったら強力だ。市場機能は事実上なくなる、ということだろうか。可能性はゼロではなさそうだ。確かに、なかば公器である金融市場が、これまで様々な形で自由化され過ぎたので、その修正は起こって当然だろう。金融が非自由化される、というのは時代の要請でもある。

(倉都)ちょっと話が横道にそれたので軌道修正しよう。欧州はどう見ているか。最終的なソルーションはどういう形なのだろうか。

(A氏)ユーロ消滅が近づいているように思う。今のような通貨体制は持続し得ない。通貨導入当時から言われている欠点が、この1-2年で急速に浮き彫りになった。

(倉都)ただユーロ消滅は欧州に破壊的なダメージをもたらす。簡単ではない。むしろ弱小国の退場による再編成の方が現実的だろう。数年後にはドイツ・フランスを軸として強い通貨を目指す方向に舵を切るのではないか。

(A氏)そういう可能性はある。だが政治統一無しに通貨だけ共通化させればいずれ同じ問題が出てくる。財政ルールが守れないことが自明の中で、ユーロという概念は時期尚早であったように思う。

(倉都)情緒論かもしれないが、私は共通通貨は欧州の理念のシンボルだと思うので、多少の欠点には目を瞑りながらユーロは存続させると思う。但し現在は「第一期ユーロ」で、いずれ「第二期ユーロ」の時代が来ると考えている。まあ5年くらい掛かるかもしれないが、PIG抜きの通貨再生というのが現実的ではないか。ユーロ共通債も必要だろう。

(A氏)私はユーロに関してはあまり楽観視していない。弱小国がドイツの言うことを聞くような強制的な制度が無い限り無理がある。ドイツは現状どこまで我慢できるのか、おおいに疑問がある。やはり米国よりも欧州の方が問題は大きい。

(倉都)米国も雇用や住宅を見ると深刻ではないとは言えない。

(A氏)ただ人口が増えているので経済は最終的に改善へと向かう。人口が減っている日本や欧州とは違う。

(倉都)人口増と経済成長は同義ではないと思う。製造業による雇用増が無ければサービス業は成立しない。米国はそこで行き詰っており、欧州も大変だが米国も大変だ。

(A氏)ただ米国にはドルという基軸通貨がある。この特権はまだ当分使える。

(倉都)ドルの賞味期限はそろそろ尽きてきたのではないか、と思う。まあこの議論を始めると際限がないので、この辺にしておこう。さて最後の質問だが、海外市場・日本市場のそれぞれの印象や潜在性について考えをお聞かせ頂きたい。

(A氏)良く言われるように、ロンドンはInternationalな市場、ニューヨークは巨大なDomestic市場、東京は単なるDomestic市場だ。それぞれに良さがあるが、従来のようにこの三市場が世界の主要資本市場と言われた時代は終わりそうだ。ロンドンは急速に縮小する可能性がある。東京もジリ貧が続く。ニューヨークもまだ地力があるがInternationalにもなれない。地盤沈下は避けられないだろう。勢いから言えば、上海・香港・シンガポールの三極はニューヨークさえも上回る。これは経済成長とも大きく関係している。

(倉都)具体的に勢いの要素を挙げるとすれば何なのだろうか。

(A氏)香港は中国との関連、英語、金融人材というところだろう。人材という意味ではシンガポールの方が上かもしれない。政府の施策の力も大きい。上海は潜在性を感じさせるが、英語が出来る人材がまだ豊富ではない、というインフラの弱さがある。香港も最近市井では英語が話せない人が増えている。そうするとシンガポールの良さが浮上してくる。上海はそのシンガポールから人材を引き抜いているので飛躍する可能性もあるが、どちらかといえばニューヨークのように巨大なDomestic市場になるのだろう。

(倉都)アジアの盛隆の中で東京市場の行方はやはり気になるところだ。また来年当たり対談でその辺の事情をアップデートして頂きたい。今日はどうも有難うございました。