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◆ ある大学院のゼミ対談 その2

今回も、前月号に続いてある大学ゼミ講演後のフリートークにおける編集人の対話記録(後半)です。

(教官)金融機関についてお話を伺いたいと思います。邦銀と米銀に勤務されたご経験を通じて、その組織や経営の違いなどは感じられましたか。学生の就活の参考にもなると思いますので。

(倉都)私は邦銀に愛想を尽かした後に、米銀も途中で放り出したような、いわば「日米金融脱藩組」ですので、邦銀がダメで米銀が一方的に優れているという世間で言われているような印象はそんなに強くありません。邦銀と同じように、米銀にも良さと不満の両方がありました。私が勤務していた「東銀」という日本の銀行は小規模だったので、かなり自由度がありました。但し、「資金力」と「資本市場への経営理解」という二つの点が乏しかったので、戦略的には大手米銀ほど大胆な手が打てなかったというハンディがありましたね。ロンドンという金融最先端の市場で働いていたので、余計にフラストレーションが溜まった記憶が有ります。その点、米銀は職場としての満足感は高かったのですが、日本に対する理解度がまるで小学生並みでした。

(学生C)ロンドンでのお仕事がデリバティブだったのですか。

(倉都)そうです。スワップやオプションなどが中心で、毎日大きくブレる収益に結構右往左往していましたね。20人くらいの組織です。日本人が5名くらいで基本的には英国人が中心のグループの総括をやっていました。この経験が無ければ、その後の仕事は出来ていないと思います。ここで同時にリスク管理という仕事も覚えましたが、統計的に処理するVaRという手法には感覚的に馴染めず、いつも馬鹿にして無視していたので社長や本部から怒られていました。先ほどの複雑系の議論と重なりますが、過去のデータを使った統計的管理など死んだ標本でしかない、というのが持論でした。今もそう思っていますが。

(教官)統計的処理がダメとするならば、リスク管理の本質は何処にあるのでしょうか。

(倉都)統計がまるきりダメとは言いませんが、飽くまで参考値程度に止めるべきだと思います。統計使うと、それでOKとか言って思考停止になりがちなんですよね。リスク管理は、先ほど出たような「ブラック・スワン」に対応できるかどうかがポイントではないでしょうか。すべてのリスクを把握することは不可能ですが、所謂「Kwon Unknown」を意識することがリスク管理の本質だろうと思います。これは知識と経験と直感の世界です。勉強が出来ても鈍感な人には無理です(笑)。今でいえば、中国の不動産とか日欧米の債務問題に加えて、不平等化から来る社会不安問題やエネルギー不足問題とか、政治危機とかですね。

(教官)「Kwon Unknown」は、イラク戦争のときに当時のラムズフェルド国防長官が使って有名になりましたね。さて米銀でも不満があったとのことですが、具体的にはどんなことですか。

(倉都)やはり本部が日本を知らないことに尽きます。日本の海外知識も相当に低下したように思いますが、米国も日本経済や日本市場のことを意外に知らないですね。私の丹精込めた企画が強い反対に逢ったことは退職の一つの理由でした。当時、私は資本市場部門の在日責任者であったのですが、今から考えれば、ソニーのベトナム工場の工場長のようなものでした。この喩えは、決してベトナムを蔑視しているわけでは有りません。有望な市場なのに、そこの経営判断において当地の責任者の判断を信用しない、ということです。飽くまで本部で決めようとする。結局、その点では邦銀も米銀も同じなのだ、と思いました。もっとも、退職の最大の理由は、金融実務的にやることはやってしまったかな、という思いと体力的なところです。夜討ち朝駆けの世界でしたから。但し、金融の仕事は私の時代と違って今後大きく変わるかもしれない、という気もしています。

(学生B)金融の変化とは具体的にどういうことですか。先ほど、銀行が資産運用会社のようになっているとのお話がありましたが、銀行と投信などが同じ土俵に乗っていくようなこともある、ということでしょうか。

(倉都)それは無いと思いますよ。銀行と投信はまるで違うビジネスです。さっき言ったように、銀行とは預金があって貸出をするのではなく、貸出需要があるから預金を集めるビジネスですから。金融論のテキストは「預金があって貸出をする」などと逆を書いているからダメなんです(笑)。銀行と違って、投信などのファンドはまさに運用してくれというお金を預かって運用する。リスクテイクもしなければならない。銀行は変にリスクテイクしてしまうと預金が返せなくなるのです。

(教官)ただ、日本の銀行はリスクテイクしないからダメなのだ、とよく言われていますね。金融庁も「銀行にリスクテイクするように」と指導していると聞きます。今の話では、それはご法度だというように聞こえますが、どうでしょう。学生も混乱している(笑)。

(倉都)金融庁も混乱しているようなので、仕方ないですね。銀行がカネを貸し出す際には十分に返済能力を吟味すべきだと言う意味で、変なリスクテイクをしてはいけない、と言ったのです。私から見れば、大切な預金を預金者に無断で貸し出しているのだから、銀行が担保を取るのは当然だと思います。欧米の銀行もしっかり担保を取ります。それが金融システムの健全性を担保することにもなります。そうでなければ、また国民の税金が銀行支援に使われたりすることになるのです。リスクテイクを看板に掲げるような銀行に、私は預金する気はありません。担保はないが将来性があるという新規事業などには、銀行融資ではなくやはりエクイティ性のある資金を充当すべきように思いますね。

(学生A)それだと、銀行の仕事はあまりエキサイティングでは無さそうに聞こえますが。

(倉都)銀行の仕事は退屈なほうが自然で安全だ、とMITのサイモン・ジョンソン教授が「国家VS. 巨大銀行」という本に書いています(笑)。これにも私が解説を書いているので、読んでみて下さい。ボルカー元FRB議長も同じようなニュアンスの発言をしていましたね。銀行がエキサイティングな仕事を始めたばかりに、実体経済から遊離した金融ビジネスが暴走した、というのが現在の標準的な診断ではないでしょうか。ただ退屈だといって重要ではないとは言えません。むしろ地道で堅実で地味な金融こそが実体経済を健全に支えることになるように思います。但し、ダイナミックでエキサイティングな金融も必要なので、そういうリスクテイク指向の人は、銀行ではなくファンド・ビジネスに向かうべきだと思いますね。但しそこでもベーシックな金融知識が必須です。金融史も含めて。

(学生B)証券会社はまた違った役割を果たしていますね。日本の証券会社と海外の証券会社は何が違うのでしょうか。

(倉都)最近の証券経営はよく知らないので無責任なことは言えませんが、「投資銀行ビジネス」という面においては英米の力量はまだ日本を遥かに凌いでいるのではないでしょうか。そもそも証券引き受けやM&Aブリッジといった仲介金融はアングロ・サクソン社会から生まれたものなので、日本勢が追いつくのは難しいと思います。ただ日本の大手証券もそれぞれのユニークな戦略に基づいて拡大路線を取ろうと始動しています。欧米の大手がもたついているので、アジアを中心に日本勢にもチャンスはあると期待しています。

(教官)ゼミではリスク資産の価値計算といったテーマにも取り組んでいるのですが、倉都さんはクレジット市場のプライシングもされていると聞きました。何か最近のトピックスで学生の参考になるようなケース・スタディはありますか。

(倉都)会社の名前に「プライシング・テクノロジー」と入れたのは、10年前の設立当時に、融資などの価値計算や評価を事業にしようとしたからです。但し、商売にならないので2年ほどで事業は止めてしまいました。ですから、あまり参考になるような話が出来ないのですが、最近のリスク資産は金融政策によって大きく歪められている、という気がしています。特に米国市場ですけれど。

(教官)金利やリスク・プレミアムが歪んでいるということでしょうか。

(倉都)そうですね。株価もそうだと思います。量的緩和政策は日本で始められ、今では米国や英国でも導入されていますが、このマネーの量とリスク資産の価格には強い相関があります。私のような実務経験主義者の目から見ると、現在のような資産価格が理解できないのです。中銀などの恒常的な市場介入によって根源的な価値と交換価値が大きく乖離してしまっているように思えるのですね。いわば、不協和音なんです、いまの市場は。

(学生D)ちょっと解りにくいので、もう少し具体的に説明して貰えると有難いです。

(倉都)すみません。和音というのは一種の論理性が有りますね。理屈でも感覚でもわかるのが和音の構造です。不協和音は、意外な時には凄く効果があります。まさに中銀の非常時の資産購入のようなものです。ただそれが常態化すると聞くに堪えません。感覚も拒絶反応を起こすのです。長期化する量的緩和という金融政策には、その不協和音を感じます。20代の早い時期から市場で育ってきたので、特にそういう思いが強すぎるのかもしれませんけど。

(教官)少し話題は変わりますが、いま学生の中に「起業」を考える傾向も生まれています。倉都さんは10年前に起業された訳ですが、学生の起業にはどんなアドバイスをされますか。

(倉都)起業には、健康とお金という二つの資本が絶対に必要になります。若い人には後者が、歳取ると前者が厳しくなります(笑)。やはり、社会がその計画されたビジネスを本当に必要としているかを、知り合いなどを通じた社会人ネットワークを使って確認すべきでしょうね。ただ本音を言わせて頂ければ、最初は就職して数年間でもいいからビジネスの基礎勉強をした方が良いように思います。

(学生D)最近、仲間うちでは起業が日本経済を元気にする、というムードがあります。それは難しいとお考えですか。

(倉都)いや、起業のようなリスクテイクは絶対に必要です。考えてみれば、私も東銀の市場部門で10年以上もリスクテイクの仕事をし、米銀に移るというリステイクをし、果ては独立というリスクテイクまでしてきました。今は日々がリスクテイクの連続で、テレビの芸人と同じように「一発屋」で終わる恐怖を抱えながら仕事をしています(笑)。でもそこから様々なエネルギーが涌いてくるのも事実なのですね。ですから、起業が増えることは社会に良い刺激になると思います。ただ、ホリエモンや村上ファンドの失敗などはきちんと総括しておくべきだと思います。

(教官)本日は長時間にわたってお付き合い頂き、どうも有難うございました。